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36:約束
その後も健全なデートを重ねた。定番の水族館でイルカショー、ボウリング場でハイタッチ。スポーツ型のアミューズメント施設ではやたら白熱して勝負し、次の日は筋肉痛で体がバキバキだった。若くて鍛えてるマキに勝てるわけがないのに何やってんだ。何度も何度も遊びに行って、何度も何度も好きだと思った。
待ちあわせ場所にいつも先に来てるところ、年相応に服の趣味が洒落てるところ、何でもよく食べて残さないところ、嬉しいことは素直に嬉しいと言って笑い、感動したら泣いて、思ったことは気取らず隠さず全部言うところ。好きだと思ったところを挙げるときりがない。相変わらずぎゃんぎゃんやって文句を言ってくるのはうるさいし、馬鹿ですぐ調子に乗るが、失敗して負けてムキになるあの顔はゲーム中に画面越しに見るより好ましい。……惚れた欲目か。
もう昼間のデートだけじゃ足りないと思うのは俺だけか。
ボルダリング場で初めてにも関わらず上級者向けの壁をすいすい登っていくマキを下から眺め、隆起した腕の筋肉に汗が流れるのを惚れ惚れと見ていた。面倒がってタオルじゃなくTシャツの裾で汗を拭えば、割れた腹筋が目に入る。浅ましい想像が膨らむのを自省する。別に寝たいから付き合うわけじゃない。でもいつまでもこのままじゃ先に進まないだろ。「次はどこ行こっかな~」と帰り道に楽しげに言うマキを引き止めた。
「うちに来るか」
言いながら、マキの顔が見れなかった。これまで他の奴には何度も言ってきた雑な誘い文句だったが、火が出るほど恥ずかしい。恋人というより友達同士の遊びという方が相応しいんじゃないかというデートを重ねたせいで、好きだと思う気持ちの反面、自信がなかった。もう俺はそういう対象ではないんじゃないかと。
「……今から?」
マキの戸惑った素直な反応に、心臓の音が大きくなる。やはり違うのか。祈るように頷くと「あ~~~~~!」とマキは喉の奥から絞ったような声を出した。
「何で今日!?」
往来で叫ばれて、顔を上げた。
マキは顔を真っ赤にして聞き返していた。この顔は俺が誘った意味を分かってる。
「別に、前から誘いたかった」
「そうなの!? 言ってよ!」
「……俺から誘わないといけないと決まってるわけじゃない」
「え!? そうだね!? そうだけど!」
俺は随分前から夜のデートもしたかった。セックスが絡まなくても、飲みに行くだけでも良かったのだ。それを今週はここ、来週はここ、とマキから次々に提案されるものだから、男友達との遊びのようなそれを繰り返してしまった。色気のないやり取りにマキより先に音を上げてしまうと、マキは「う~」と唸りながら俺の両手を掴んだ。
「家行きたい~~~! でも今日はコラボがある~~~~~」
離すまいとする手とは真逆に、これからの配信業の予定を言う。他の配信者とのコラボ配信が控えているらしい。マキのそれは仕事だ。仕事なら仕方ない。
「じゃあ、帰るか」
「やだ、コラボ断る」
「あほか、約束してんだろ」
「やだ~~~、こうくんち行きたい~~~」
「っ、おい」
俺の手を上に持っていってそれで顔を覆ってしまった。マキの息が当たる。強請るような仕草と甘えた呼び名に顔がカッと熱くなった。道行く人に注目され、手を離そうとするがぎゅっと力強く引き止められる。
「次、行ってもいい?」
ずるいぞ。俺の手で顔を隠して聞くな。俺ばっか人目に晒すな。
「いい。……から、離せ」
大声出して振りほどいてしまいたいがそっちの方が目立つ。意識して静かに答えると、マキが「やった」と小さく漏らして手を離した。
「来週、空けといて」
言われなくともここ最近の週末は全部マキに差し出してる。休日出勤が無いように必死になって平日残業してる。すっかりゲームサーバーにログインすらしなくなり、この間久しぶりに通話したヤカモレさんに「大丈夫?」と心配された。大丈夫かそうでないかで判断するなら俺は大丈夫じゃない。ずっと浮かれてる。
マキと別れ、家に帰ってPCをつけると確かにマキは他の配信者とコラボ配信していた。大人数でプレイするストラテジーゲームに何故か呼ばれて盛大なトロールを犯していた。ストラテジーは戦略が重要なゲームだ。どう考えてもマキの苦手ジャンルだろう。
「やっぱ教官が居ないとダメか~」
俺と面識のない配信者にもそんな風にいじられ、「ぜっとさーん!!」と叫んでいた。呼ばれても何も出来ん。未だにニコイチの扱いに複雑な気分になる。もう俺は配信に参加しなくなって大分経つ。その間にマキは他の配信者とも交流を深め、すっかり人気ストリーマーとして配信サイトのトップ画面に名前が載るほどになっていた。
今俺が一緒にゲームしたいと言っても無理かもしれない。それでもいい。元々俺はリスナーだ。
週末に近くなって「ごめん、今週行けなくなっちゃった」とマキが連絡してきても、配信業が忙しいのだろうと思って深く追求しなかった。
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