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40:罪悪感

「ぜっとさん」  最寄り駅から家へと歩いていると聞き慣れた声がして、幻聴かと思った。ずっとこいつのことばかり考えていたから。  だけど振り向くと確かにマキが居て、息を切らして俺の腕を掴んだ。 「はあっ、なにしてんの」  ぎゅうと手首を握られて、立ち止まる。何でここにいる。疑問に思ったが、驚いて声が出なかった。代わりに俺の腰を抱いていた隣の彼が「コウ?」と俺に呼びかける。マキの顔が変わった。  知りあいかと中国語で問われると、マキは俺の手を乱暴に引っ張る。 「帰れよ」  俺を引き寄せて彼から離し、彼の方を向いたまま言う。日本語で言ったって分からんぞ。そんなこと関係無しにマキは続けた。 「"こう"くんはこれから俺と用があるから、あんたは帰って」  わざわざ恥ずかしい呼び名を強調する。そのまま俺の家へと引っ張って行こうとするから、慌てて中国語で「知り合いだ、今日はやめよう」と彼に告げた。彼は不満げな顔をしていたが何かを察したようで「OK」とだけ返事した。こっちはこっちで面倒を察して巻き込まれたくないんだろう。 「ありがとう、良い旅を」  少しでも彼に対する罪悪感を減らそうと最後に挨拶した。その間もぐいぐいとマキは俺の腕を引っ張って歩く。後ろに居る彼に振り向いていたのを、ほつれるようにして歩きながら前に向き直った。 「マキ、なんで」 「黙ってろ」  怒ってる。  低い声で言い放ち、血流を止めようとせんばかりの握力で俺の手首を握りしめている。横から覗き込んだ顔は険しく、男前が凄むものだから迫力があった。マキが怒る理由が俺の想像通りなら、嬉しいと思うのと同じくらいひどく苦しい。 「……ずるいな」  小さくつぶやく。  俺はお前が女といちゃついてても声もかけられずに一人で耐えていた。でもお前は躊躇いもせずに俺を怒るのか。一体どの口で。  マンションにつくと「鍵」とまた短くマキが指図する。俺が鍵を渡すとオートロック玄関を開き、エレベーターで部屋まで行って中に入った。その間、マキはずっと黙ったままで、俺の手を離さなかった。手首は絶対に痕になった。そのくらい強い力で引っ張られ、部屋に上がるとベッドに突き飛ばされる。 「脱げよ。抱いてやる」  着ていたTシャツを脱いで、マキが乗っかってきた。荒々しい言動に拒否感が先立つ。 「いやだ」 「何で。あいつとこれから寝るつもりだったんだろ」 「っ、放せ」 「誰でもいいなら俺でいいだろ!」  エルボーの要領で肩と首を肘で押さえられると、起き上がれない。片手で簡単に俺を拘束したマキは、シャツのボタンを引きちぎって前を開いた。燃えるように熱い手のひらが表面を這うと、期待で体がびくつく。  マキの言う通りだ。どうせセックスしようとしていたのならマキでいいじゃないか。むしろマキがいい。こんなに体が喜んでる。 「……っ、脱ぐ、から」  敵わないなら明け渡した方が潔い。俺がシャツから腕を抜こうと身をよじるとマキは拘束を解いた。体を起こして、開き直った俺の手際を見る。 「ふっ、う……あ~、もう……」  いよいよボトムに手をかけると、マキが嗚咽を上げ、手で目を覆った。 「ぜっとさんがこんな奴だって知ってたのに、何で……ッ、う~っ……顔が良けりゃ誰でもいいのかよぉ……!」  作業を中断してマキを見た。泣いてる。子供みたいに感情を隠しもせず泣かれたら、罪悪感で謝ってしまいそうになる。  そんなわけがないと言いたかった。でも言えない。実際マキの言う通り実践しようとしたからだ。 「……俺は悪いことは何もしてない」  これが出来る言い訳の精一杯だ。 「っ、そうだよな! 俺ら付き合ってねぇから! 浮気だなんて言えねぇよ!」  でも、とマキがぼたぼた落ちる涙をそのままさらけ出して、俺が出来なかった非難をする。 「俺は好きだって言った……! 付き合って欲しいって言った! あんなに楽しそうにするから、ぜっとさんだって絶対そうだって」  鼻っぱしを擦って赤くして、透明な涙を流すマキは綺麗だ。若々しくてまだ何にも濁ってない。濡れてキラキラ光る瞳に自分が映っていることが信じられない。素直な言い分にぐっと喉が詰まる。釣られて素直な言葉が出てこようとする。 「お前が、」  お前が先にしたんじゃないか。

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