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39:昔の相手
別に恋人になれなくてもいい。遊びでもセックスが出来れば良い。男同士だ、結婚やその先があるわけでもない。そのときだけ気持ち良くなれればいい。確かにそう考えていたのに、俺が「好きだ」と思いを告げることすら叶わないのだと思うとじわりと込み上げてくるものがある。なかなかマキに返信出来ずにいると、それを手助けするかのように別の連絡が来た。
中国語のメールだった。台湾に居た頃に関係を持った男で、今度日本に旅行するから案内してくれないかといった内容だ。案内しろと言うわりに指定された曜日は金曜で、俺は仕事がある。夜からの約束しか出来ない。そう断ったのだが、それでも構わないと返ってきた。なるほどと思い、すぐに了承する返事をした。
別の予定が出来たらマキにも簡単に返信できる。他の男と会うから会えないなんて理由は言わずに断った。がっかりした文章と、しょんぼりしたスタンプが返ってくる。悪いとは思わなかった。
別にいいだろう、付き合ってるわけじゃないし、マキも同じことをしてる。
「コウ!」
待ち合わせ場所に行き、顔を合わせると名前を呼ばれた。そのまま中国語で話すとスラスラと久しぶり、会いたかったと出てくる。
「迷わなかったか?」
「台北駅で慣れてる」
「はは、あそこも大概だ。近くで良かったのに。どこに泊まってるんだ?」
「宿取ってないんだ。コウの家に泊めてくれよ」
「ふ、嘘だろ?」
それならそうと先に言うもんだ。聞き返すと曖昧な表情で笑うから「どんなところか見に行ってやろうか」と言うと「ひどいところだぞ。コウの家に行きたい」と観念した。セックスの前の手慣れたジャブだ。真意が透けて見える分かりやすいやり取りは、もう何度も寝た仲だからだろう。好みの美形だ。その顔が恍惚に歪むのが好きで俺が抱く方が多かった。彼の腕を一度なぞり、セックスのときと同じように俺がエスコートした。
美味い日本食の店は台湾にもいくらでもある。だから単純に俺が以前来て美味いと思った居酒屋で飯を食った後、日本酒バーに連れて行った。国内にしか流通していない銘柄に美味い美味いと言いながら彼は次々に盃を空けていき、次第に俺に対する期待を隠さなくなっていった。
「ふ、ふふ。久しぶりに聞いても良い声だ」
カウンターで隣同士、秘密を言う距離感で声を褒められる。
「酔うと舌足らずになるのが良い」
「そうなのか?」
「自覚ないの? かわいいな」
「日本語だとそうならない。どこの発音が甘い?」
「zh」
至近距離で発音する口を見せつけられる。赤い舌がちらりと歯の間に見えた。
「zh」
「今は上手」
オウム返しをすると口を指さしてクスクスと笑われる。そのまま指が近づいてきて、俺の唇に触れる。熱を持った瞳で見つめられ、これからすることが察せられた。思わず手で相手の口を隠す。
そのまま手で押して顔を遠ざけてしまい、彼は「え?」って顔した。
「……はは」
これからセックスする相手とキスしたくないとか。思考が矛盾していて笑えた。
ここがゲイタウンでもそういうバーでも無いからとか、いくつか理由はあったが脳裏を支配していたのは違った。マキの顔がちらついて離れない。あいつとは酒を飲んでもこんな雰囲気にはならない。この間は叫ぶような下手な口説き方でセックスした。気持ち良かった。好きだと思った。きっと目の前の彼と寝たって同じような気持ちにはならない。
他のやつとセックスしてみれば、俺がマキに抱いてる感情が薄れるかもしれないと思った。ここのところマキのことばかりかまけていて、脳が勘違いしたままなのだと。やたらでかいマキのものを今度こそ全部飲み込んでやろうと、同じサイズの偽物まで買って夜な夜な自分を慰めるなんて惨めなことをもうしたくない。でも無理だ。
マキが好きだ。
馬鹿で無遠慮で顔だけいい男がやたら愛しい。
「……帰ろう」
肩に寄り添い、退店を促した。訝しげについてくる男に「今日は抱いて欲しい」と告げると得心が行ったようで「いいよ」と返事してついてきた。それからは俺の代わりにリードしてやろうと立場を変えてくれた。気が楽になる。
毎日の訓練で疼いた俺の腹を鎮めて欲しい。マキのサイズに合わせてるから緩くて呆れられるかもしれないが、どうでもいい。旅先での一夜だと彼も分かってる。
たった一晩のことだから、俺がマキを忘れるために彼を利用しても気兼ねない。代わりのちんぽを尻に入れればいくらか気が紛れるだろう。そうしたらきっと来週はまた遊ぼうと連絡が来てもすぐに返信できる。ちゃんとしない関係でのセックスも気持ちいいと思い出してるから、マキとも同じ関係が築ける。
別に好き合わなくていい。
今までそうしてきたように、これからもそれでいい。
――例え相手が本当に好きな男でも。
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