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45:人気ストリーマーたち

「お前、スーツ持ってんのか」  イケてるサラリーマンの彼氏に心配された。  そりゃろくに仕事もしてなくて配信で食ってる俺がスーツを着る機会なんてそうそうない。成人式くらいだ。二十歳になるときに買った一張羅を着て見せるとzh@は上から下までたっぷり見た後に「格好いい」と言った。えー、付き合いはじめるとそんなに素直になるの? 嬉しくて真に受けちゃって着て行ったら彼氏はもっと格好良かった。  zh@が着てるスーツはモノトーンのシンプルな配色なのに、シャツにもスーツにも光沢感があって安っぽさがなかった。女の子のアクセサリーみたいに綺羅びやかなデザインのカフスはタイピンと揃いで、アイボリーを基調としてるのに目を引くアクセントになっている。ダブルのスーツのベストはウエストがきゅっと締まってる分、胸板を厚く見せ、ベージュとシルバーを織り交ぜたペイズリー柄のネクタイを押し上げていた。それとブランド物の腕時計とぴかぴかの革靴。いかにも決まってる。  格好良くない? 大人の着こなし、って感じ。褒めちぎったら俯いて「俺も一張羅だ」と照れてた。そんなわけないのに、いつものスーツも高そうなのに、可愛いと格好いいが混在して「そっか~」とか頷いてしまった。でれでれで結婚式場まで2人で移動した。  ヤカモレさんが結婚する。  今までそんな素振りなくて俺は言われたときびっくりしたけど、zh@は「地元の?」と察してたと言わんばかりに聞き返していた。zh@の言う通り、ヤカモレさんは地元にいる高校の同級生と遠距離恋愛をしていたという。 「どうりで律儀に実家の手伝いに帰るわけだ」 「高校の同級生ってすごくない? 10年以上ってこと?」 「いやいやずっとじゃないよ。同窓会で再会したらそういう流れになって~」  そうやって配信もせずに3人でFPSゲームをしながら、ずるずるヤカモレさんのノロケ話を聞いた。結婚式に来てほしいと招待されて、めちゃくちゃ嬉しかった。ちゃんと仲良い友達だ。  ヤカモレさんは会社員時代に副業としてやっていた頃も含めると、配信者としての歴が長い。その分交流関係も広く、結婚式当日に俺とzh@が座る席は他にも配信者だけで固めてる卓らしい。 「お前以外に知り合いが居ない」  zh@が顔をしかめた。配信業を本業としないzh@は出席者の中に俺以外の知り合いが居なかった。  zh@は俺とヤカモレさん以外と配信をしたことがない。でもリスナー側として知ってる配信者がいるかもしれないと、ヤカモレさんに招待すると聞いている他の配信者の名前を挙げてzh@に聞くと「見たことはある」と言った。  そうだよね。俺の配信見てるもんね。俺ともコラボしてる配信者は知ってるよね。 「いいじゃん、俺がいれば。俺がずっとぜっとさんと話してるよ」  そう言うとzh@は「そうか」と満更でもない顔をしていた。その反応が嬉しいから本当にそうしようと思った。俺がフォローしてやろうと。でも全然、何の心配もいらなかった。  席次表の俺らの卓は全員配信ネームで記載されていた。マキの隣はzh@。マスターランクアイコンが描かれた遊び心満載の名札の席につこうとすると、座る前にzh@に「マキ」と呼ばれた。  その声に、俺以外に振り向いた人が何人か居た。 「ポケット出てる」  ジャケットのポケットが裏返って中の生地が表に出ていた。zh@はそれを元に戻してくれながら「お前、フォークとナイフで食えんのか」と不敵に笑った。いやいや食えるし。マナーとかは分かんねぇけど。言い合いながら隣同士に座ると、zh@はすぐに後ろから近付いてきた他の奴に声をかけられた。 「ぜっとさんですか?」  そうだった。このパターンがあった。  「そうです」とzh@が応えると途端にわっと周りに人が集まった。 「おー! ぜっとさんだ!」 「教官!」 「本物だ! 実在した!」 「実在ってなんだよ」  そりゃいるだろと俺が突っ込むも、ゲーム配信してるときと同じように適当にあしらわれた。ここにいる配信者はみんな俺とも顔見知りだ。まじで俺の扱いがひどい。   俺らの配信を見てる奴なら、zh@のことはすぐ分かる。声を聞けばすぐだ。特にマスターランクに昇格したときの動画は今でも再生数を稼いでいて、同じゲームをやってるストリーマーならみんな見てた。zh@がゲーム上手いのも、俺をしこたま鍛え上げたのも、良い声なのも、みーんな知ってる。  でも俺やヤカモレさんと違って顔出ししてない上に配信も滅多にしないから、レアキャラに出会ったとみんな沸いていた。 「今度一緒にやりましょ~!」  調子のいい誘いに「是非」とzh@は愛想笑いしていた。モテてる。嫌な感じ。  SNS発信が活発な配信者たちはやたらzh@と写真を撮りたがり、ついでのように俺も一緒に写った。それが投稿されるとたちまちいいねが付き、スタンプで顔を隠したzh@をわざわざ「ぜっとさんイケメンだった」なんて補足すればRTとリプ欄がすごいことになる。 『ヤカモレさんの結婚式にぜっとさんいるー!!』 『マキちゃんとぜっとさん!』 『かっこいい!』  そこそこ人気のある配信者が揃ってるのに、zh@が話題をかっさらっていってる。確かに、今日のzh@はキメキメだから顔が隠れてても立ってるだけで格好いい。  俺も歓談の時間にzh@と一緒に新郎席のヤカモレさんに酒飲ませにいって、3人で写真撮ったのを上げたら過去最高のいいね数がついた。既に飲まされまくって幸せそうなヤカモレさんが真ん中で、俺とzh@の肩を組んで写った写真だ。 『嬉しい、ランクマの3人組だ』 『この3人が一番好き』  俺も。この3人が一番好き。そう思ってリプ欄をzh@に見せて一緒に笑った。  ゲームのオープニング風紹介動画やエクスカリバーでのケーキ入刀とかヤカモレさんらしい演出で披露宴は進んで行った。わいわい賑やかだけど泣けるところではしっかり泣けて、良い披露宴だ。ヤカモレさんの奥さんは「マキちゃん」「ぜっとさん」と俺たちを呼んでくれる気さくな人で、可愛らしい人だった。 「またこの人と一緒にゲームしてあげてください」  頼まれなくてもそうする。   幸せオーラが溢れてて、伝播していく。  エンドロールの後にヤカモレさん夫婦に見送られて外に出た。庭で配信仲間や他の声をかけてきた人と話してるとzh@と離れてしまった。辺りを見渡してもいない。「二次会行く人~」と呼びかける声に答えてから、庭に建つ教会の中に入った。  重たい扉を開き、西日がキラキラと落ちるステンドグラスに目を細める。zh@をようやく見つけた。長い椅子の中頃に座って、十字架を見上げていた。隣に座る。 「何してんの?」 「休憩」  俺が隣に来るまで振り返りもせずzh@はぼんやりしていた。俺も同じように十字架を見上げる。 「確かに。疲れたね」 「人気者は大変だな」 「何、自分のこと言ってる? みーんなぜっとさんのこと知っててびっくりした」 「お前また逆ナンされただろ」  zh@は淡々と指摘した。怒ってる声じゃない。  逆ナンというか「付き合ってる人いるんですか」と聞かれただけだ。新婦側の友人で俺の配信を見てると言う女性だった。ファンサービスとして一緒に写真を撮ったけど、付き合ってる人はもちろん居ると答えた。誰かまでは教えなかったけど、今隣りにいる人だ。 「俺らも結婚する?」  赤い絨毯がまっすぐに十字架まで伸びている。先ほどそこで誓いのキスをした2人は今日、幸せそうで、仲が良くて、これから一緒に暮らすのだという。俺もzh@と同じことがしたいと思った。  他の誰でもない、こうくんとだけ。 「……また勢いだけで言いやがって」  長く息を吐いてzh@が立ち上がる。 「別に勢いだけじゃねぇけど」 「今日はさすがに信じねぇぞ」  はい。  ヤカモレさんの結婚式を見て羨ましくなってテンション上がってほぼ勢いでプロポーズしました。何の心構えもせずに言ったから、こんな風に断られても別に傷つかない。  でも口に出したら本気でそうしたくなった。zh@を追いかける。 「じゃあ、今度はこれを信じてもらえるようにするか~」  だってこんなに趣味が合って格好良くてかわいい彼氏、他に居ないし。  一緒にオンラインでゲーム配信したあとzh@の家に行くと、毎回クソミソに俺に駄目出ししたあとに顔を合わせるのが気まずいらしくてバツが悪そうにするから、もういっそ一緒に暮らしたい。 「なー、好きだよ」  教会から出ていこうとzh@が厚い木の扉に手をかける。俺がzh@のことを好きなことだけはもう嫌というほど言って理解してもらってる。「うん」と返事が返ってくる。 「一緒に暮らそ」 「調子に乗るな」  顔を手で挟んで目をそらそうとするのを阻止した。zh@が大好きな俺の顔を至近距離で見せて言ったけど、無理だった。ちぇ。じゃあまた今度。

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