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第1話 優しいあなた

「んっ、あっ、あああ」  後ろからゆっくりグラインドされると、抜けそうになる時に背中に重い甘さが響く。ガクガクと揺れる腰が戻ってきれくれるのを待っていた。 「ひあっ」  そのまままた抉りながら入れられると、思わず小さく悲鳴が出る。嬉しくて、気持ちが良くて、流れ続ける涙が、胸元のピアスに弾けて光っていた。 「ひどいな、これ……痛かっただろう。触らない方がいいか?」  綾人さんの大きくて温かい手が、僕の脇の下から肋骨の周りをすうっと滑っていく。血が滲んで赤黒くなった歯型の周りを通り過ぎ、そのまま腰骨まで降りて来た。  触られると痛い。それに、悲しい。でも、だからこそ、それを上書きしたくてたまらない。僕は腰骨の上で所在なくしている綾人さんの手を握りしめ、そのまま上へと連れて行った。  綾人さんがナカにいるのはそのままに、上半身だけを捻って唇を合わせる。 「同じことをしてください。甘噛みでいいから」 「いやでも……」  綾人さんは優しい。悲しくなるくらいに優しい性格をしている。こんなにくっきり残っているアザを、さらに酷くするような行為は絶対にやりたくないはずだ。  それは僕にだってわかっている。それでも、どうしても、この傷の記憶を、あの男との行為で終わらせたくない。 「お願い。綾人さん」  どれほど流しても枯れない涙が、まだ僕の目から流れ続けていた。今日はいつまで経っても悲しさが消えない。嬉しい涙と悲しい涙が、半分ずつ混ざり合って止められなかった。  綾人さんは僕を抱きしめると、その片腕を前に伸ばした。そして、僕の中心に触れると、先端を指ですうっとなぞった。 「あっ!」  溢れていた透明な蜜を塗り付け、先端だけを執拗に攻める。腰が揺らいで、その感覚だけに夢中になっていった。  綾人さんの首に手を回してしがみつき、体を回転させて正面から向き合った。綾人さんは体が大きい。僕がしがみついてもびくともしない。がっしりと僕を支えて簡単に体勢を整えてくれた。  僕は彼の手を掴み、胸に残る痕に綾人さんの手を乗せた。そして、あの日の約束の言葉を繰り返した。 「僕の辛い記憶は、その日のうちに上書きして無かったことにしてやる。だからこれ以上痛み止めを飲むな、でしょ? 僕我慢しました。痛いのに痛み止め飲んでないんです。だから、お願い。痛いの止めてください」  綾人さんは悲しそうに眉根を寄せると、黙ってそのまま顔を傷の近くへと寄せた。そして、脱力して水分を含んだ熱い舌を、するすると滑らせていった。 「あ、ん、あ……いっ……ん」  歯が割れそうなほどに食いしばって耐えた痛みは、綾人さんの家についても消えはしなかった。綾人さんはその歯型のついた痛みの鋭い部分を、やわやわと舌でなぞり、時折甘く食んだ。 「っつ、ふあっ、あ」  傷があると唾液が滲みて痛い。でも、甘く食まれたところは、全然痛くなくて、むしろそこからじわじわと幸せが染み込んでくるように、熱くなる。 「痛くないか?」 「だいじょ……ぶ、あ、ンっ!」  短く息が切れ、身を捩りたくなる。傷のついていない方の胸は、ピアスを避けながら優しい指の先端に撫でられていた。  痛みを気持ちよさで上書きして、気持ちいいと思った時に綾人さんに抱きつく。抱きしめて、香りを嗅いで、繋がって、キスをして。その体の全てを、僕の肌と心に刻む。 「あっ、気持ち……い、今がいい。今欲しい。お願い」  僕のナカにまた入って来た綾人さんに、ぎゅっと力を入れてしがみつく。嫌なセックスばっかりしてるからか、僕はいつも綾人さんが入ってくれだけですぐに気を失ってしまう。 「今ください。お願い」  体の中に熱が溜まる。でも僕は、このままでは絶対にイけない。綾人さんはそれを知っていて、少しでも僕の体の負担にならない手をとってくれていた。 「あっ、あっ、は、んうぅ」  奥の方が震え始めた。それに気づいた綾人さんは、僕の金属製のピルケースを取り出した。そして、その中から一つ、白くて丸い錠剤を取り出す。 「あ、あっ、あああっ、綾人さっ、あ」  綾人さんはそれを口に含むと、僕の口へと落とし込んだ。僕はそれをゴクリと飲み干す。 「蓮っ」  ぎゅっと指を絡ませて繋いだ。綾人さんの目は、じっと僕を見つめている。視線もガッチリと繋がっているようで、さらに後孔がきゅんっと疼いた。 「あっ、何してんの」  思わずぎゅっとしてしまったのが予想外だったのか、ビクッと体を震わせた。僕のナカに今度は嬉しくてたまらない温もりが満ちる。 ——ああ、幸せ。  体も心も、奥の方からぎゅうううっと何かが溢れ出すようだ。それがピークを超える頃、ガクンと体が折れるほどの快楽に襲われる。 ——綾人さん……。好き。好き。すごく好き。  心の中は、この優しい人でいっぱいだ。できることなら、ずっとそばにいたい。ずっと抱き合っていたい。でも、僕にはその資格が無い。 「蓮。愛してるよ。だから……」  綾人さんは僕を後ろから抱きしめると、肩に顔を埋めて苦しそうに呟いた。 「早くそんなことする酷い男と別れて。俺と付き合ってよ」  僕はこの人を手に入れるわけにはいかない。だって、嘘をついているから。あの男は彼氏じゃない。親に命令されて買われているだけだって、好きな人に言えるわけがない。  それでも、今の関係は続けられる。そうしないと僕が体を壊すのをわかっているから。綾人さんは絶対に僕を見捨てない。 「ごめんなさい」  僕は酷い男なんだ。だから、好きにならないで。あの日の約束は、そうだったはずだよ。  ピルケースのラムネを見られた時、その正体に気づかれた時。ラムネだと言い張る僕に、あなたは言ったんだ。 『俺が慰めてやるから。乱用するな。一錠だけにしろ。セフレになってやるよ』  痛みと悲しみを、快楽で止める痛み止めになるんだと、古臭いドラマのようなセリフを吐いたあなたに、僕はうっかり落ちてしまった。でも、知っているから。綾人さんは信じられないくらいに優しい人なんだ。誰にでも。 「ごめんなさい。僕は痛いのが嫌なだけだから。どうしても僕を好きで苦しいなら、また他に頼ります」  金属製のピルケースは、綾人さんの手元にあった。僕はそれを拾い上げると、マットレスに膝をついて立ち上がる。そのままシャワールームへ行こうとしたところ、ぐいっと後ろに引き倒されてしまった。 「蓮!」  またベッドに倒されたかと思うと、今度は縫い止められたように動きを封じられた。息継ぎもできないほどの激しいキスが降ってきて、そのまま躊躇いも無く下もこじ開けられた。 「んうっ! ううっ!」  カシャーンと乾いた音がして、ピルケースは遠くへと飛んでいった。でも僕は、それも気にすることができないほど、次から次へとやってくる波に翻弄されることになった。  勢いが強くて、強引で、激しい。それでも、どこかに愛が溢れていた。それを拾い上げる神経が、ビリビリと歓喜で震える。 「ああ……ン! 綾人さ……」  ガクガクと震える体、滴り、吹き出し、ずぶ濡れになる二人。それを何度も繰り返された。何も考えられなくなって、体がずるずるになった頃、僕はうっかり「好き」と呟いてしまい、「えっ?」と驚く綾人さんの言葉を聞きながら、眠りに落ちてしまっていた。

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