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第6話

 専門的なことは土木工事の専門家に頼りながら、農業用水路を引くための計画を立て、父親の許可を取って実験的に施工した。水路は半年程度で完成し、試験エリアをぐるりと囲めた。おかげで日照りが続いても、作物は枯れることなく、農家が水運びで疲弊することなくなった。  サウスモーランド公爵である父親はその成果に感心し、農地全体に用水路を引く計画を立てたところだ。巨額を投じて領地内で灌漑工事が進められることとなる。 「いやあ、僕、本当に農業しか知らないから、いろんな人の力を借りてばかりだけど。土いじり趣味が高じたね」  採れたての太い大根を抱えて興奮している姿を、他の貴族たちに見られてから、大根公子などとあだ名をつけられたが、彼らは今、サウスモーランド公爵にこびへつらって、農地の灌漑工事の相談に相次いでやってきているのだ。父親も面白がって「では、うちの大根公子に話を聞いてみましょう」などとやり返している。 「そうだ、トマトを収穫してくるよ。朝食に出してあげよう。セオは僕のトマトだけは食べるんだ。朝採れトマト、うまいぞ」  サミュエルは籠を手に「トマトちゃーん」と鼻歌交じりに庭へ駆け出す。ドリーが慌ててついてきて「サミュエルさまはセオドアさまをいくつだと思って……」と呆れる。 「いつまでも、僕にとっては可愛くて小さな弟だよ」  朝食を終えてセオドアが家庭教師とのセッションに入ると、まもなくして王太子のエセルバートが訪ねてきた。従者がどっさりと荷物を抱えている。 「デビュタントの服、どの生地がいいか選ぼうと思って」  二十一歳になったエセルバートは、すっかり大人の男になっていて、その美しさと銀髪、アンバーの瞳から〝妖精王の生まれ変わり〟と陰で呼ばれていた。物腰も柔らかく誠実で、誰にでも親切。国王としてはやや優しすぎる気もするが、国民の支持は高かった。  エセルバートの持参した生地のサンプルをつまんで、サミュエルは問うた。 「エセルバートさまのデビュタントはもう何年も前に終わっているじゃないですか」 「何を言ってるんだ、サミィのデビュタントだよ!」  なぜかエセルバートはサミュエルのデビュタントの衣装を自分が選ぶ気でいるのだ。サミィには青も似合うが、きっと白が一番いいなどと、楽しそうに生地のサンプルをめくる。 「選んでいただくのは光栄なんですが、どうしてそこまで」 「えっ、だってパートナーとは〝色揃え〟しないと」  何を言っているのだ、という表情で首をかしげる。  いつの間にか、エセルバートがデビュタントのパートナーに決まっていたことにサミュエルは驚いていた。 「もうお父上の許可はもらっているよ、聞いてなかったの?」 「最近、灌漑工事の現場に出ずっぱりで、あまり会えていないので……」  パーティーには異性を選ぶ決まりなので、男性でオメガのサミュエルは女性でもアルファでもパートナーにできる。 (変人だと噂の僕にはパートナーがいないだろうと思って、エセルバートさまが名乗り出てくださったんだな)  なんて優しい王太子なのだろうか。幼い頃からそうだったが、優しすぎて誰かに利用されないか心配になってしまう。 「僕のためにお時間をつくってくださってありがとうございます」  向かいに座っていたエセルバートがサミュエルの横に座り直し、さらりと黒髪を手で梳いた。 「何を差し置いてでもサミィとの時間はつくるさ」  その優しさにサミュエルは甘えることにした。実際にファッションには無関心で流行も分からないので、最先端を行く王太子に任せたほうがよさそうだ。 「あ、でもセオはどうするのかな」  一緒にデビュタントを迎えるセオの顔が浮かぶ。 「彼は彼の着たいものを選ぶだろう、もう子どもじゃないんだし」 「セオはまだ子どもです。昨夜だって雷を怖がってたくらいなんですから。エセルバートさま、セオの衣装もこの生地の中から選んでもいいですか?」  王室御用達の店のものだ、どれを選んでも一流に違いない。  エセルバートが「雷など鳴っていたか?」と首をかしげているところに、セオドアが扉を開けて入ってきた。ノックもなしに無言で。 「こら、殿下に失礼じゃないか。ノックくらいしろよ」 「ここは俺の屋敷だ、どこに入ったっていいだろう」  セオドアは悪びれずにサミュエルのそばに立つと、腕をぐいと引っ張って立ち上がらせ、自分と一緒に向かいのソファに座らせた。  取り残されたエセルバートの笑顔が引きつっている。  サミュエルは慌てて話題を変えた。この二人はいつも衝突するので本当に面倒だ。 「エセルバートさまがデビュタントの衣装の生地サンプルを持ってきてくれたんだ。セオもここから選べよ」  セオドアはサミュエルの肩を抱いて「ふーん、お優しいですね」と長い脚を組む。ぱらぱらと生地のサンプルをめくって、テーブルに戻した。サミュエルと同じ生地で色違いだったらなんでもいい、と。 「そういう正装の生地揃えは恋人や夫婦間でやるんだよ。セオは世間知らずだなあ」  サミュエルはセオドアの、こだわりが薄くて世間知らずなところが時折心配になる。サウスモーランド公爵家の跡取りとして、きちんとやっていけるのだろうか……と。  しかしセオドアは全く気にしていない様子で、譲らない。 「別に兄弟でしたって問題ないだろ、兄弟の結束が固いと知らしめればいい。そうですよね? エセルバート殿下」 「そうしたら、僕と、パートナーをしてくださるエセルバートさまとが色揃え、セオドアと僕が生地揃えになっちゃうじゃないか。そんなの変ですよね、エセルバートさま?」  話を振られたエセルバートは複雑そうな笑みを浮かべ、話題を変えた。 「今日はこのあと何か予定が?」  よくぞ聞いてくれた、とサミュエルは鼻息を荒くする。  サウスモーランド公爵邸の庭――別名サウスモーランド菜園――の地図を出して、早口で語り始める。 「なんと今日は、農業用水路からうちの庭に水を通す日なんです!」  試験的に引いた農業用水路を分岐させ、サミュエルは自分の菜園にも水が引けるように工事をしたのだ。すでに完成し、せき止めていた分岐点を通水させるだけだ。 「すごいね、サミィは。自分のやりたいことを着実に成功させて」  王太子から直々に褒め言葉をもらうと、恥ずかしくなって頭をかいた。 「趣味に邁進して申し訳ないけど、これで農家が助かるなら頑張った甲斐があります。僕は〝大根公子〟ですから」  土いじりをする変人という意味でつけられたあだ名だが、農業バカにとっては光栄だ。  エセルバートは「農家たちからも親しみを込めてそう呼ばれていることも知ってるよ」と言ってくれた。お茶を出し終えたドリーが、生地のサンプルを気にしてそわそわしているので渡したら、喜んで抱えて出ていった。 「セオは今日時間あるの? 通水式、どうせついてくるんだろ?」  セオドアは無言でうなずく。サミュエルがどこに行くにも、時間の許す限りセオドアはついてくる。まるで護衛でもするように。  かつて自分を守れなかったという後悔が、彼を剣術の訓練に駆り立て、今では騎士でもセオドアに勝てないほどの腕前になっていた。  サミュエルは知っている。飄々としているが、自分の見ていないところでは血のにじむような努力をしてきたのだ。剣を握る手の豆が潰れて、巻いた包帯が真っ赤になるくらい。  強くなる、と泣いていたあの夜を思い出す。サミュエルは彼の気が済むまで〝護衛〟を任せようと思っていた。 「では生地が決まったら連絡してくれ、デザイナーを呼ぶから。二人の衣装は私からのプレゼントにさせてもらうよ」  紹介してくれるだけでもありがたいのに、と遠慮したが強く懇願された。 「私がそうしたいんだ。願いを叶えてくれる?」 「光栄ですが……パートナー役をしてくださるだけでもとても光栄なことなのに。僕はエセルバートさまにどうお礼をしたらいいか」  ならば、とエセルバートは去り際にサミュエルの手を取った。 「パーティーのあと、私に少し時間をくれる? 話があるんだ」 「今でもいいですよ?」  エセルバートはセオドアにちらりと視線を送って、こう言った。 「二人きりで、だよ」  了承すると表情をぱっと明るくして、帰っていった。  一緒に見送ったセオドアが「もう限界だな、あいつも」と呟く。なんのことかと尋ねるが無視されたのだった

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