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第1話 二度目は好きにならない

 最初からこうなることは、わかっていた。  わかっていたのに、気づかないふりをして目を背けていた。  ここは雰囲気のいい、夜のライトアップされた海沿いのショッピングモール。七瀬颯(ななせはやと)が、結婚間近の恋人・西宮諒大(にしみやりょうた)と初めて会った思い出の場所だ。  六月の梅雨の時期だったが、夕方には雨が上がった。  風に当たりながら少しだけ話をしようと諒大に誘われて、海の見渡せるオープンデッキをふたり並んで歩いていた。ふたりのあいだに会話はない。無言で歩いていたが、直前までは重苦しい雰囲気はなかった。 「ごめんなさい。俺からのプロポーズ、なかったことにしてもらえませんか?」  海へと降りていく長い階段の手前で諒大が立ち止まる。  プロポーズをなかったことにする。そう諒大に言われて颯は意外にも冷静だった。こうなることはなんとなく勘づいていたからだ。  颯の人生は、どうせうまくいかないことが決まっている。叶わない夢なんて見ても虚しいだけ。最近では願うことすらやめてしまった。 (やっぱり、振られた)  アルファの諒大はオメガの颯の運命の番だ。今から三ヶ月前、ちょうどまさにこの場所で出会ってから運命のふたりはあっという間に恋に落ちた。  諒大にぐいぐい迫られ、三回目のデートであっという間にプロポーズ。信じられない出来事だったが、ネットで検索すると、運命の番は交際ゼロ日婚ということもありえると書いてあったから、珍しいことではないのかと颯も諒大のプロポーズを受け入れた。 (運命の番に振られるって、相当だよね…… )  颯は諒大とお付き合いをする中で佐江遥香(さえはるか)の存在を知ってしまった。  オメガ女性の佐江はアルファの諒大と同じ年の幼馴染で、颯と諒大が出会う前まではふたりいつも一緒、どう見ても恋人関係にしか見えないような親しい関係だったらしい。  幼いころから仲のよかったアルファとオメガがいて、そこへ颯という存在が突然現れた。つまり颯は、運命の番を理由に諒大と惹かれ合い、ふたりの仲を引き裂いたオメガということになる。 (諒大さん。僕じゃなくて、佐江さんが好きだったんだろうな……)  諒大は完璧な恋人で、颯の前では、気持ちのない素振りは一切なかった。  仕事が忙しくても颯のために時間を割いて会いにきてくれるし、記念日も忘れない。会えば優しくて、夜には愛を囁いてくれて、あれで実は他のオメガを想っていただなんて信じられないくらいに素晴らしい恋人だった。  諒大はアルファだから、時間の管理も上手で、多忙なのにも関わらず、ふたりのオメガとの二股ができたのかもしれない。 (ごめんなさい。僕が現れて、ふたりの仲をめちゃくちゃにしちゃったんだ……)  颯は可愛くない、暗い、コミュ障の3Kが揃った出来損ないオメガだ。対して佐江は誰もが振り返るくらいの美しい容姿。周囲にもチヤホヤされるタイプのオメガだ。  諒大も気の毒だとは思う。せっかくの運命の番が、面白みもなんにもない貧乏くじオメガだったのだから。  地味オメガが、王子様みたいなアルファと結婚できるわけがないのに、運命の番ということに甘えて浮かれていた自分のせいだ。  意志の強いアルファは、ときに運命に逆らって別のオメガを愛することもあると聞いたことがある。  運命だからって、二十年来のふたりの絆は引き裂けなかった。  諒大も悩みに悩んだ結果なのではないか。運命に惹かれながらも、すぐそばには幼馴染のオメガがいた。  最初から、釣り合う相手じゃなかった。諒大には結ばれるべきオメガがいた。それに気がついていたくせに、運命の番だからって諒大の隣で偉ぶっていた自分自身が恥ずかしくなる。 「わかり、ました……」  颯は静かに頷く。涙は出てこなかった。人に捨てられることには慣れている。捨てられた記憶がまたひとつ増えただけだ。  そう思い込もうとするのに、変に動悸がしてきた。胸が苦しくなって、キーンと耳鳴りがして、周りの音が聞きとれなくなっていく。 「……でっ……! はや……さんっ!」  目の前の諒大が話している声もよくわからない。  これはなんだろう。颯は納得して結果を受け入れるつもりなのに、身体はどうして不調を訴えてきて、胸が苦しくなるのだろう。 (今さら忘れられるかな。こんなに好きになっちゃったのに)  こんなことになるなら、運命なんかに出会いたくなかった。好きになるんじゃなかった。  人の恋路を邪魔する気なんてない。  もう、諒大のことは諦める。諒大と佐江には幸せになってほしいから。  運命の番は好きにならない。さよなら、僕の運命。 「あっ……!」  颯は諒大に振られたことばかり考えていて、雨上がりの水たまりに足を滑らせ、目の前の階段を踏み外した。そこからは目の前の景色が暗転した。  颯は頭から地面に落下し、長い階段を転がり落ちていった。

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