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第5話
「今日は俺のうちに泊まる……というのは難しいですか? 俺は颯さんをずっと見ていたいんですけど」
「ええっ……! それはちょっと……」
これはさすがに巻き戻り前の自分も断った。オメガの自分がアルファの諒大の家に泊まったらどんなことになるか、そのくらいは颯にも想像ができた。オメガが気軽にアルファの家に泊まってはいけない。
「じゃあ連絡先、聞いていいですか? 何かあれば教えてください。すぐに駆けつけますから」
「えっ、あっ、あのっ」
どうしよう、思い出した。ここで連絡先を交換してから諒大との距離が急接近。あっという間に告白されて恋人同士になったんだった。
「おっ、教えられません!」
諒大と親しくしちゃダメだ。
三ヶ月後の未来は見えている。颯は諒大の前から消えなくてはならない。
今日限りで諒大とは話さない。距離を取って、少しでも離れなければ。
「し、心配していただかなくても大丈夫ですっ」
「そんなわけにはいきませんっ。だって颯さんは……」
諒大が颯に手を伸ばそうとして、動きを止めた。何かに躊躇したみたいだった。
「とにかく放っておけない。これ、俺の連絡先。気が向いたら連絡してください」
諒大が名刺に手書きで連絡先を付け足したものを手渡してきた。
「申し遅れましたが、俺、カナハリゾートの企画部で室長やってます。カナハの社長の息子なんです」
諒大は、ホテルチェーンを経営する社長の息子でいわゆる御曹司だ。だが、二十六歳にして室長の立場にいるのは、その実力が認められたからという、恐ろしく仕事のできる男だ。
そして諒大の想い人で幼馴染の佐江は、諒大の補佐役。同じ企画部で働いていたことを後から知った。
底辺の颯とは全然違う、煌びやかな世界で生きているふたりということだ。
「驚かないんですか? 二十六で室長なんておかしいでしょう?」
「えっ! あっ、びっくりし過ぎて声も出なくて……」
まさか自分が時を巻き戻っていて、諒大が御曹司で室長だったとすでに知っていたとは言えない。颯は適当に誤魔化す。
「そうでしたか。颯さん。遠慮なく俺を頼ってください。いつでも呼んで。あなたに会いに行きます」
諒大はすでに颯が運命の番だと気がついているのかもしれない。だからこんなに過剰に親切にしてくれているのだろう。
颯だってそうだ。巻き戻りのあと、一生懸命、自分の心に予防線を引いているのに、諒大に惹かれている自分に気がついた。
諒大は好きになってはいけない人なのに、諒大に近づきたくなる。今すぐ抱きしめてほしいと思ってしまう。
でもダメだ。諒大とは今日を最後に会わない。諒大には幼馴染のオメガと幸せになる未来があるのだから。
「お、お気持ちだけでじゅ、うぶんです……」
この運命に、深入りしてはいけない。運命に惑わされているだけ。これは諒大の本当の気持ちじゃない。
諒大は訝しんでいる様子だったが、やっと颯から視線を外し、運転席でハンドルを握る秘書に伝える。
「猪戸。彼の家に寄ったあと、カナハホテルに戻る」
「かしこまりました」
よかった。諒大はしつこく家に誘ってくることはなさそうだ。
このまま連絡もしないでいれば大丈夫。
だってすべての始まりはここで諒大に連絡先を教えたことから始まったのだから。
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