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第6話
あれから一週間。
諒大とは一度も会っていない。
それでも颯の気持ちは落ち着いている。よかった。もっと心が諒大に会いたいとざわめくかと思っていたから、平常心で暮らせることに安堵する。
きっと忘れられる、きっと忘れられると颯は自分自身に言い聞かせる。世の中のアルファやオメガは運命の番に会わずに一生を終える人たちばかり。だったらきっと大丈夫なはず。
このまま運命なんてなかったことにしてしまえばいい。
アルバイトは初日から行けなくなってしまったが、なんとかクビにならずに済んだ。
颯のアルバイト先はカナハホテルの宴会場の厨房の皿洗い係だ。
日雇いバイトで知り合った大学生のベータの岸屋 が「仕事はキツいけど、時給はそこそこ良くて時間の融通が効く」と誘ってくれたのだ。
体調に合わせて仕事をしてくれればいいと、颯は非正規雇用で短めのシフトで働いている。
仕事の時間が短くて済むのは嬉しい。ただそのぶん収入も下がるので、そこは苦しいところだ。
ここは諒大の父親の経営するホテルだ。でも経営陣は別棟の隣の建物で仕事をしているから、諒大に会う心配はないだろう。
颯は覚えもよくないし、テキパキ仕事をするのは苦手だ。でも、とにかく頑張らなくては。ここはやっと手に入れたアルバイト先だ。
「ごめんなさい。迷惑ばっかりかけて……」
今もひとり慌ててしまい、お皿を割ってしまった。そんなに混んでもいないのにちょっとお皿が溜まるだけで、どうして無駄にアワアワしてしまうのだろうと後になって後悔が押し寄せてくる。
「ここはお皿を割るたびに罰金だから」
厨房で働く正社員の瀬谷 に見下ろされ、颯は肩をすくめて縮こまる。
濃いめのメイクのベータ女性の瀬谷は、上昇志向が強いのか、何かとチーム内で目標を掲げたり、足を引っ張る者を毛嫌いする。役に立たないコミュ障の颯は、当然のように嫌われていると思う。
いつもこうだ。どこにいたって颯は厄介者で、今すぐ消えていなくなりたい気持ちになる。
「何その陰気臭い顔。笑顔が変。ヘラヘラしてなんなの、もっと反省したら?」
「ごめんなさい……」
颯は謝るばかり。ノロマな自分がいけないのだから、反論することもできない。
散々瀬谷に責められて、落ち込みながらロッカールームで着替えをしていると、誰かがぽんと颯の肩を叩く。
「大丈夫ですよ。まだここで働き始めたばっかりなんだから」
励ましてくれたのは颯にアルバイトを紹介してくれたベータの岸屋だ。岸屋は、入ったばかりの颯の指導を主に担当してくれている。
「岸屋くん、ありがとう……」
「瀬谷さんは誰にでも厳しいから」
「そうなんですか……」
「そうです、俺も新人のころはコテンパンに言われましたよ」
岸屋は笑顔で、食洗機の使い方を怒られたとか、遅刻を咎められた話など失敗談をしてくれる。
そうやって颯を励まそうとする、岸屋の優しい気持ちが嬉しい。怖い人だらけの職場を覚悟していたから、心を許せそうな同僚がいることにホッとする。
「僕は笑顔が変って、ヘラヘラしてるって言われちゃいました……」
「七瀬さんはちょっと力が入りすぎてるかも。もっと肩の力を抜いてみたらいいんじゃないですか」
岸屋に引きつった表情を指摘されて、一生懸命に笑顔をつくってみせる。でも颯は自分の笑顔には自信がない。笑顔こそ人とのコミュニケーションの第一歩だとわかっているのに、どうしてもうまく笑えない。
「んー……。大丈夫、七瀬さんはこれからできるようになりますよ。今日は初日なんですから緊張しますよね」
岸屋は諦めたみたいだ。きっと、颯のあまりの出来なさ具合に呆れているのだろう。
年下の大学生のほうがよっぽど仕事ができるし頼りになる。自分のポンコツさにガッカリするが、このくらいでへこたれていては、この先やっていけない。颯は頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃと心の中で呪文を唱えた。
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