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第7話
今日のアルバイトを終え、颯はクタクタだ。ひとり暮らしの安アパートへと帰ろうと従業員出入り口を出たとき、目の前に手すりに寄りかかっているスーツ姿の男がいた。
ひと目見て、アルファとわかるそのスマートさ。ここまでレベルの高いアルファはそうそういない。
「西宮室長! こんなところでどうなさったんですかっ?」
颯の前を歩いていた瀬谷が西宮に驚いて声をかけた。瀬谷だけじゃない。他の社員たちも西宮の存在が気になっているようで、声をかけたり、不思議そうな目で見ている。
それも当然の反応だと思う。社長の息子である諒大のことは、このホテルに働いている者なら誰でも知っているだろう。
(なんで、こんなところに諒大さんがいるの……?)
思わず颯の足が止まる。諒大にはもう会わない気でいたのに。
「人を待ってるんだ。気にしないで」
「どこの部署の社員ですか? 私、呼んできましょうか?」
「いい。大丈夫。待つことには慣れてるから」
諒大は瀬谷を軽くあしらう。瀬谷はさっきまでの颯に対する態度とは打って変わって猫撫で声だ。瀬谷はアルファ好きだと聞いたが、諒大は上位アルファだから、とても興味があるのかもしれない。
アルファ言葉の中には『長いものとアルファには巻かれろ』という言葉がある。アルファにすり寄っておけば、人生万事うまくいくこと間違いなしだ。オメガだけじゃなく、ベータにとっても言えることだ。
まさかとは思う。でも、諒大とは目を合わせないほうがいいと、颯の頭の中で危険アラームが鳴っている。
(ここは、見つからないように……)
「颯さんっ」
「わぁっ!」
人混みに紛れて通り過ぎようとしていたのに、諒大に見つかってしまい、諒大が駆け寄ってきた。諒大が待っていたのが颯だと知り、瀬谷は驚愕している。
颯を見る諒大の目は、決して優しくない。
「俺、ずっと連絡を待ってたんですよ」
「えっ?」
「俺をどれだけ待たせたら気が済むんですか? こんなに俺を放置した人間なんて、今までにあなたしかいない」
「なっ……!」
西宮の目がやばい。ここには人の目があるから理性を抑えているのかもしれないが、今にも取って喰われそうな目つきだ。
「仕事ができるなら安心しました。でも、その後の体調のことだけでも連絡くれてもいいんじゃないですか? 俺、ずっと心配してました」
あのとき「気が向いたら」みたいな感じで連絡先をよこしてきたはずなのに。諒大がこんなに連絡を待っているとは思いもしなかった。
連絡をしなければ運命を変えられると思っていた。
でも諒大からの艶っぽい視線だけは変わらない。そして、諒大に見つめられてどうしようもなく高鳴る自分自身の気持ちも。
「ボタン、かけ違えてます」
諒大は、颯のジャケットのボタンを外し、ひとつひとつ丁寧に直してくれる。
ロッカーで着替えをしていたとき、頭の中でひとり反省会をしていてボーッとしていたから、ジャケットのボタンをかけ間違えたようだ。
ボタンをかける諒大の手を見つめる。
不意に、巻き戻り前の恋人だった諒大のことを思い出す。諒大の優しくて大きな手は、いつだって颯を守ってくれて、颯が望めばその腕の中に閉じ込めてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
ボタンを直されるなんて、まるで子どもみたいだと恥ずかしくなる。
ダメだ。諒大に近づかれるとオメガの本能が反応する。これからどんどんこの人を好きになるんだって全身が訴えてくる。
「できました」
諒大はにっこり微笑んだ。そんな諒大の笑顔を見ただけで、颯の心臓はドクンドクンとうるさく鳴っている。
今までこんなに強烈に惹かれる相手なんていなかった。やっぱり諒大は運命の番だからに違いない。
颯は、諒大のことは好きにならない、好きにならないと自分自身に言い聞かせる。
諒大は自分には相応しくない相手だ。客観的に見ればわかる。
再会して五分であっという間に好きになってどうするんだ。三ヶ月後、諒大は運命じゃなくて佐江を選ぶとわかっている。颯はふたりの仲を邪魔をしないように諒大の前から消えなければならない。
「諒大さん……っ、僕、帰らないと……」
「わかってます。だから俺が迎えに来たんです」
「え! 頼んでない!」
「またまた。そんなこと言って。可愛いなぁ。このまま攫 っていいですか?」
「えっ、あっ、ちょっと……!」
諒大に背中を押されて無理矢理歩かされる。社員たちの前で諒大と一緒にいたら、目立って噂になるに決まっているのに。
「なっ、なんでこんなことっ……!」
「連絡先を教えてもらえなかったら、こうやって会いに行くしかないでしょう?」
「えっ……」
まずい。これでは逆効果だ。
連絡先を教えた巻き戻り前のときは、ふたりで密かに愛を育んでいた。もちろん会社の誰に知られることもなく。
だが、今回は違う。職場の人たちがいるのに、諒大が迎えに来るなんて思わなかった。諒大とは他人でいたかったのに、巻き戻り前よりも関係が目立ってしまっている。
颯が連絡先を教えなかったことで、未来が変わっている。
しかも、諒大から逃げたい颯にとって、よくない方向に。
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