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第8話
「嘘っ? 西宮室長と七瀬さんてプライベートで知り合いなのっ?」
瀬谷はありえないという目で颯を見る。
「七瀬さんて、何者なんですかっ?」
岸屋も驚き固まっている。
諒大の態度に周囲は驚いている。それもそのはず、新入りの皿洗いバイトに、ホテルチェーン御曹司の諒大が付きまとっているように見えるのだろう。そんな光景はありえない。
「颯さん。俺と帰りましょう」
「えっ、えっ……?」
颯が動揺しているうちに、諒大に連れて行かれる。連行された先には諒大の愛車の白のベンツがあった。
「疲れているなら助手席で寝てていいです。寝込みを襲ったりしませんから、どうか送らせてください」
諒大は愛車の助手席のドアを開ける。
「颯さん。お願いします。俺の願いを叶えてください」
「はいっ?」
いやいやおかしい。車で送ることをこんなに懇願してくる人なんていない。
「颯さんと、この車でドライブデートがしたいんです」
たしかに諒大の愛車・メルセデスベンツS400d4MATICはピカピカの立派な車だ。でも諒大には似合っているが、ヨレヨレの服を着た颯は助手席に乗ることすら気後れしてしまう。
「お願いします。颯さん」
諒大に追いつめられて、颯はドンッと車に背中をついた。諒大は開いた助手席のドアに手を置き、もう片方の手は颯の身体の真隣。颯を閉じ込めるような形だ。これでは颯に逃げ道はない。
「何度言ったら俺を受け入れてくれますか? あなたに決して手は出しません。こう約束すれば俺とまともに話、してくれますか?」
諒大の真剣な眼差しに心が絡みとられる。諒大から感じるアルファのフェロモンにクラクラする。
運命の番の魅力には抗えない。この人と一緒にいたいと本能が訴えかけてくる。
「お、送るだけなら……」
颯が諒大の強烈な視線から目を逸らしつつ言うと、諒大はパッと少年みたいな弾ける笑顔を見せた。
「颯さん、ありがとうございます! 早く乗って! 気が変わらないうちに!」
諒大は颯を車の中に閉じ込めるようにして助手席のドアを閉め、すぐさま運転席に乗り込んできた。
諒大との初めてのデートは、ドライブデートだったことを思い出した。
連絡先を交換したらすぐに「海沿いにいいレストランがあるんです」とデートに誘われた。諒大が運転する車の助手席に乗って、たわいもない会話をして、雰囲気のいい創作イタリアンの店でおいしい食事をご馳走になった。話すのが苦手な颯でも、諒大はゆっくりと話を聞いてくれたから、すごく楽しかったことを覚えている。
「颯さん、寒くないですか?」
「はい、大丈夫、です……」
「颯さん、ほら、右手に東京タワー見えますよ」
「あ……きれい、ですね……」
颯は緊張してうまく話せない。それでも諒大は「颯さんの言うとおり、綺麗ですね」と静かに頷いて、嫌な顔ひとつしない。
こんなつまらない人間と一緒にいてくれる人なんていない。諒大だって運命の番だからという理由だけで、颯を好きだと思い込んでいるのだろう。
(佐江さんが、諒大さんの運命の相手だったらよかったのに)
可哀想な諒大だ。早速、運命の番とやらに惑わされているようだ。早く颯が消えないと、諒大に迷惑をかけてしまう。
諒大自身は、まだ自分の本当の気持ちに気がついていないようだが、諒大が好きになる人はわかっている。諒大はこれから運命の相手の颯を捨てて、心から好きな人を選ぶ。
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