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第9話
「仕事、疲れました? 皿洗いって、意外と頭使いますよね。効率よく洗うためにはどうするか、とか、食洗機に入れるときの物の配置、とか」
「諒大さん、皿洗いなんてやったことあるんですかっ?」
「はい。俺、入社して最初にすべての部署を経験してますから。親父が『現場で働くすべての人を知れ』と言って幹部候補は全員やってます。おかげで企画部以外の人とも知り合いになれました」
「へぇ……すごいお父さんですね」
「本当に変わった父ですよ。今度、颯さんも会ってください。面白いから」
とんでもないことを笑顔で言われても困る。諒大の父親はカナハリゾートの社長だ。そんな人に会えるはずもないし、諒大はいったい両親に颯のことをなんと言って紹介するつもりなのだろう。
「お父さんがいるってどんな感覚なんでしょうね……僕、両親に捨てられちゃったから、よくわからなくて……」
これは施設に入ってから、施設長に言われて知ったことだ。「お前はどちらの両親も親権を欲しがらずに、行き場がなくてここへ来たんだ」と、怒鳴られついでに衝撃の事実を聞いてしまったのだ。
颯の母親はオメガだったらしい。ヒートを起こしてしまったときに、心無い人に襲われてお腹に颯を身籠った。
颯の母親を襲った男は「あれは事故だった。オメガに誘われただけ。俺は悪くない」と言い逃れして、無罪放免。襲われたオメガの母親は「あんな男の子どもなんて見たくもない」と颯を施設に預けたっきり。
颯は、ヒートにより望まない妊娠をしたオメガの息子だった。
施設の他の子には親との面会の時間があるのに、自分にはない理由はこれだったのだと、この時ひとり静かに悟った。
「俺と結婚すれば、家族がどんなものかわかるんじゃないですか?」
諒大はハンドルを握りながら、世間話みたいにさらりと言った。会ったばかりなのに、プロポーズともとれる言葉を。
「颯さんなら俺の両親にも気に入られると思います」
「そっ、そんなことない……」
「いいえ。俺の両親はアルファとオメガで、運命の番だったらしいんです。だからふたりはすごく仲がいいです。『運命のアルファとオメガのおしどり夫婦』ってテレビ取材が来たこともあるくらい」
「へぇ……」
おしどりは、実は夫婦仲はよくないことを不意に思い出した。
おしどりは一夫多妻だ。巣作りは一緒にするし、オスは番になったメスにべったりくっついているが、夫婦でいるのは交尾の時期のみ。
派手な見た目のオスは地味なメスを孕ませたら終わり、次のメスのところへと羽ばたいていってしまう。
人も同じ。アルファはいくらでもオメガと番うことができるが、オメガはできない。一生に一度、たったひとりのアルファとしか番えない。番ったアルファに捨てられたらオメガの人生は終わり。多くのオメガは経済的にも身体的にもアルファに依存して生きているためだ。
捨てられて番を失ったオメガは新しい番を持つこともできずに、筆舌に尽くしがたい人生を送ることになる。
『アルファ選びは慎重に』なんてオメガ言葉もある。アルファに捨てられるとわかっているなら、最初から離れたほうが賢明だ。
「だから俺も、アルファに生まれてきたからには、運命の番に出会えたらいいなとずっと思っていたんですよね」
「う、運命の番ですか……」
「ええ、運命の番です」
諒大の含みのある言い方が気になるが、あえてそこには触れないでおく。
諒大と運命の番だなんていまだに信じられないし、そんな事実はなかったことにしたいくらいだ。
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