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第10話
「颯さんは気づいてますよね?」
「な、何にですか……?」
「俺の気持ちです」
首都高を降りて国道の信号待ち、諒大は颯を愛おしそうな目で見る。
そんな目で見つめられたらたまらない気持ちになる。今すぐ運命に流されてしまいたくなる。
(何のために巻き戻りの人生を送ってるんだよ……)
この恋は、最初から叶わないとわかっている。せっかく未来がわかるのに、諒大に惹かれている場合じゃない。
颯はサッと視線を下に落とす。これ以上見つめ合ったら妙な空気になってしまいそうだったから。
思い出した。巻き戻り前はドライブデートの後、最後に諒大にキスされた。それで、付き合ってくださいと言われて恋人同士になった。
今回はデートというより諒大に家に送ってもらっているだけだ。それでも似たようなシチュエーションに颯は落ち着かない。
(告白されたら断る。告白されたら断る……)
颯は告白されてもいないのに身構える。今から覚悟しておかないとついつい頷いてしまいそうだ。
「……なんでもないです。オメガから見たら、アルファは怖いですよね。いつ襲ってくるかもわからないんだから」
「そっ、そんなことは……っ」
颯は指いじりをしながらおずおずと答える。
「アルファに、よります……世の中には怖いアルファと、怖くないアルファがいます……」
「あっはっは。そうですね。俺もそうです。世の中には可愛いオメガと可愛くないオメガがいると思います」
諒大は楽しそうに笑う。
信号が青になり、諒大は前に向き直り、車を走らせた。
(可愛いオメガかぁ……)
颯はそっと諒大の美しい横顔を盗み見ながら思う。可愛いオメガとは、颯とは真反対の明るくて笑顔の素敵なオメガのことを指すに違いない。
遠い目をしている諒大は、きっと可愛いオメガ・佐江のことを考えているのだろう。
「もうすぐ着きますよ」
と諒大は地図アプリよりも先に颯に伝えてきた。この辺りはただの住宅街で、めぼしい建物もない。アルファの諒大は地理にも詳しいのだろうか。
やがて車は颯の住むアパートの前に着いた。諒大は先に降りて、外から助手席のドアを開ける。
「颯さん。今日は俺にお付き合いくださりありがとうございました」
アパートは目前、颯の部屋は一階のすぐ手前の部屋なのに、諒大は「ドアの前まで送ります」と颯の隣を歩き、ついて来ようとする。
まずい。思い出した。巻き戻り前もマンションのドアの前まで諒大に送られて、そこでいきなり告白されたのだった。
「だっ、大丈夫っ、ついて来ないで……っ」
「遠慮なく。荷物、持ちます」
「わっ!」
笑顔の諒大に荷物を取られて、取り返そうとしても諒大は「俺に持たせてください」と荷物を背中に隠して離してくれない。
「諒大さんっ」
颯が荷物に手を伸ばすと、諒大はそれを華麗にかわして、簡単にあしらわれてしまう。
「もう、意地悪……」
「すみません、性格悪くて」
諒大は笑う。どう見てもエリートなのに、こんな小学生男子みたいなことをして笑っている諒大の無邪気な笑顔にきゅんとなる。
なんとしてでも玄関まで送ろうとしてくれる諒大の優しさにも。
きっと大丈夫だ。巻き戻ってからは未来が変わっている。こんな無愛想なオメガに告白なんてしてくるはずがないだろう。
「楽しかったです。颯さんとのドライブデート」
「あ、あれでっ?」
颯は大して楽しい会話もできなかったのに、諒大は満足してくれたみたいだ。
「はい。またお誘いしてもいいですか?」
「え! ダメっ!」
びっくりして咄嗟の声が出た。言ってしまってから、めちゃくちゃ失礼なんじゃないかと思い直し、「あー、ごめんなさい、ごめんなさい……」と諒大に謝る。
どうすればいいのかわからなくなって、さっさと逃げようと颯は玄関のドアを開けてワンルームの部屋の電気をつける。
「オカエリナサイッ! オカエリナサイッ!」
「わーっ!!」
そうだった。玄関に明かりに反応して喋る『おかえりなさいオウム』を置いていたんだった。ここに帰ってきたとき、ひとりきりで寂しいし、防犯にもなるかと思って買ったオウムのオモチャだ。
こんなものを玄関に置いているなんてバレて、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「あっはっは。颯さん、オウム好きなんですか?」
「いっ、いえ、あのこれは……ひとり暮らしが長いから寂しくて……」
「寂しい?」
また余計なことを言ってしまった。これじゃ惨めなオメガだと諒大に思われてしまう!
「じゃなくてっ、えっと、あの……」
どうしてこんなにうまく話せないんだろう。人とのコミュニケーションは本当に本当に難しい。
「おかえりなさい、颯さん」
諒大は颯に微笑みかけてくる。
「オウムもいいけど、人の声はどうですか?」
諒大の声がじんと心に響く。
施設暮らしの颯は、そういえば誰かに『おかえり』と迎えられたことはない。こういう感覚が、家族がいる人の感覚なのかなと思った。
諒大のおかえりなさいは、すごく心があったかくなる。諒大と結婚して一緒に暮らしたら、こんなふうに毎日挨拶を交わすことができるようになるのだろうか。
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