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第45話
諒大のベッドの上で、颯がうっすらと目を開けると、窓の外は明るくなっている。
カーテンからもれる薄明かりの中、颯の隣には諒大が眠っていた。
諒大の首には、行為のあいだ諒大が口を覆っていたタオルが巻きついている。激しく噛みついたのか、タオルの糸が切れ、ほつれてしまっている。
諒大の左腕には歯型の生々しい傷が残っている。何度も噛んだようで、せっかくの諒大の綺麗な肌が腕の部分だけ痛々しくて目も当てられないほどだ。
颯も記憶が確かではないが、後半は諒大はラット状態になり、颯に襲いかかりそうになっていた。
ラット状態になったアルファがヒートを起こしているオメガを目の前にしたら、抗うことは不可能とされている。アルファとオメガ、どちらも理性が崩壊して、身体を繋げて、うなじを噛んで、番にならざるを得ない。本人の意思とはまったく無関係に。
颯は、ハッと気がついてうなじを触る。颯のうなじは綺麗なまま。後孔だって奥まで何かを受け入れた様子はない。諒大もベルトの金具は外れているが、自らのスラックスは履いたままだ。
(諒大さん……噛まなかったんだ……)
うろ覚えながらに、颯は諒大に「挿れて」「番って」と迫った記憶がある。それでもこうして番になっていないということは、諒大が約束を守ってくれたということだ。
ベッドの隣にあるサイドテーブルの上には、何かの薬瓶が置かれている。そのラベルをよく見ると『アルファ抑制剤』と書かれている。諒大はラット状態を抑えるために、薬を飲んだようだ。
ラットになっても、うなじを噛まない、挿入すらしないアルファがいるなんて信じられない。でも、颯は無事だ。ひと晩中、諒大とこのむせ返るようなアルファとオメガのフェロモンが充満する部屋で一緒にいたというのに。
颯はたくさんの欲を吐き出させてもらって、身体がすごく楽になった。でも、この状況を見る限り、諒大はアルファの性欲と戦いながら颯を発散させてくれただけで、自分は相当苦しかったのではないか。
颯はヒートのときに自分の性欲を抑えることはできない。どうしてもどうしても、欲しくてたまらなくなる。
アルファも同じことだ。ラット状態になったら、襲いたくなくてもオメガを襲ってしまうはず。
それを抑えつけるとは、諒大の強靭な精神力は計り知れない。
「諒大さん……」
颯が愛しいアルファの名前を呼ぶと、諒大がピクリと反応し、目を閉じたまま、颯に左手を伸ばしてきた。
痛々しい諒大の左腕の傷跡を見て、颯の胸が痛みを覚える。
「ごめんなさい、ちょっと疲れて眠ってしまって……。颯さん、どうしました? また苦しくなったの……? それなら俺が収めます」
諒大は颯の身体を抱きしめてきた。
「どうして震えてるの……? アルファが怖い? 大丈夫ですよ。俺はあなたと番ったりしません。颯さんは、颯さんの本当に好きな人と番わなくちゃ。ね?」
諒大は何度も何度も優しく背中をさすってくれる。震える颯の身体を慰めてくれているようだ。
颯の身体が震えているのは、泣いているからだ。
諒大の優しさが辛い。
こんなことをしても、自分は苦しいだけなのに、なおも颯を慰めようとしてくれる、諒大の気持ちを知って胸がいっぱいになる。
その苦しさが涙となって颯の目から溢れ出す。
「まだ身体が熱い……ひと晩じゃ収まらなかったか。大丈夫。大丈夫。俺がいます。そうだ、キス、しましょうか?」
諒大が少し身体を離して颯の顔を見た途端に驚いた顔をする。まさか颯が泣いてるとは思わなかったみたいだ。
「どうしよう……俺、怖がらせちゃったかな……。怖いアルファは嫌いなんですよね? 俺に触られるのは、嫌、だったとか……?」
違う。諒大は勘違いをしている。
颯が本当に好きなのは諒大なのに。世界で唯一、この身体に触れてほしいと思うのも諒大なのに。
「ううん。諒大さん……キスして。身体が苦しくて……アルファ、アルファが欲しい……」
もう何も考えたくない。全部ヒートでうなされたせいにして、諒大と淫らなことをしたい。
欲望のままに、諒大と深い深い快楽の海に溺れてしまいたい。
「颯さん……」
颯の望みどおり、諒大から扇情的なキスが落ちてきた。舌を絡め、アルファの唾液を吸ってその魅惑的な甘さを味わいながら再び諒大と淫靡な行為に没頭していった。
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