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番外編

 カフェからの帰り道。諒大はこのあと仕事があるそうで、残念ながらお別れだ。  諒大と並んでふたり、細い路地の坂道を降りていく。  一本隣には人のよく通るメイン通りがある。でも、諒大が石畳の道は風情があるから駅までこっちの道を歩きたいと言ってきたのだ。 「颯さん、見て。さっきの写真、待ち受けにしました」  諒大に見せられたのは、ふたりのツーショット写真。 「えっ、諒大さん、これ人に見られたら……!」 「大丈夫ですよ。仕事では仕事用のスマホしか使いません。やたらに人に見せびらかしたりしませんよ」 (僕が、諒大さんの待ち受けに……)  颯も一瞬、したいと思ったが、ダメだ。スマホはひとつしか持っていないし、誰かに見られたら諒大との仲を説明しなければならなくなる。諒大は友達じゃ済まないような相手だ。 「あの店の角を曲がれば駅です」  諒大が指差す店はもうすぐだ。あの雑貨屋を過ぎたら楽しかった時間も終わり。諒大と離れて現実に返ることになる。  はぁ……とため息をつき、下を向いたら、諒大の左手が視界に入った。そこには諒大がいつも身につけている腕時計。 「諒大さん、その腕時計お気に入りなんですか?」 「あ、これですか?」  颯が質問すると諒大は左腕の腕時計を見せてくれた。 「お気に入りです。すごく頑丈な時計で、まぁ、もともとのウリも、月面でも使える丈夫さと正確さなんですが、階段から転げ落ちても壊れないところが好きでして」 「か、階段……? 諒大さん落ちたことあるんですか……?」 「まさか。ないですよ。でも、どんなことがあっても、こいつが時を正確に伝えてくれるって、信じられる時計というか……」 「そっか。諒大さん、ビジネスで時間はきっちり守らないといけないですものね……」  きっと仕事で役に立つということを言ってあるのだろう。 「その時計、止まったりはしないんですか?」 「止まる……? ちゃんとゼンマイを巻いていれば大丈夫ですよ」  諒大はなぜそんなことを聞くのかと言わんばかりの表情をしている。  それもそのはず。諒大は颯の願いを知らないから。  もうすぐ角に差し掛かる。あの先は大通りへとつながる道だ。  やるなら、今しかない。 「あっ……」  颯は石畳につまづいた。……ふりをした。  よろめいた颯をすかさず諒大が抱きとめてくれる。それをいいことに、颯は諒大の胸の中に身を寄せた。  諒大の着ているTシャツ越しに、諒大の体温を感じる。今日の諒大は軽装だから、逞しい身体つきも伝わってきてドキドキする。  これは颯の『転んだふりして諒大に抱きつく作戦』だ。 「ごっ、ごめんなさい、今離れます……」  諒大に謝りつつも、諒大から離れられない。離れたくない。 「いいえ。お気になさらず。俺はいつまででも大丈夫です。転んじゃったんだから、仕方ないですからね」  諒大が颯の腰に腕を回してきた。諒大に抱かれて颯は心臓の音が鳴り止まない。 (不自然だよね……早く、どかなくちゃ)  頭ではわかっているのに、身体がもう少し、もう少しだけと諒大から離れない。 (下手くそな演技が諒大さんにバレちゃう。諒大さんになんか突っ込まれたらどうしよう……!)  さっきのは絶対にわざとらしかった。諒大に抱きつきたいからあんなことをしたと知られたら、颯はもう諒大のそばにいられなくなる。  ——神さま。時間を止めて。諒大さんとずっと一緒にいられるように。  颯は諒大の腕の中で目を閉じ、三秒数える。  三秒だけ、時が止まっていることにして。  ——番外編『ふたりの願い』完。

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