104 / 104
番外編7『僕の番は桁違いの御曹司』
「うわぁ……」
颯は今までに見たこともない景色に驚愕する。高層タワーマンションの一室から見る眺めは異次元だった。
大きなガラス窓の先、眼下に広がるのは公園の緑と東京のビル群、角度によっては東京タワーも間近に見える。
今日は諒大と不動産の見学に訪れた。諒大は投資と自らが住むためのマンション購入を考えているようで、「颯さんの意見も聞きたいです」と言われて一緒についてきた。
だが、ふたりはあっという間に引き離されることとなる。
諒大の周りには、待ち構えていたマンション販売の営業マンが数名張りついている。普通は見学に来てもグループにひとり営業マンがつくスタイルなのに、諒大の周りだけ異常だ。
というのも、この会社の営業部長が父親の学生時代の友人なんだそうだ。その営業部長が数名の部下を連れて、諒大を案内している。
今見学に来ているこの物件だけではなく、建設途中、企画途中の同社の物件まで紹介され、諒大も購入に前向きだ。
颯はそっちのけ。勝手に物件を見て回っては、ひとりでいちいち感動している。
(諒大さんとは生きてきた世界が違うんだよね)
諒大は生粋の御曹司、颯は児童養護施設出身の貧困層。一緒にいてくれる諒大に申し訳なさすら感じる。
「颯さん。ここの景色が気に入ったんですか」
声をかけられ振り返ると諒大がいた。諒大の背後にはもれなく営業マンがついているが。
「気に入ったというか、すごい景色だなと思って……展望台にいるみたいで、自宅にいる感じがしません」
「あはは、そうですね。四十一階は少し高すぎますね」
「あのっ、決して嫌ではないですよっ。素敵です、すごく……ただ、僕の生きてきた世界とは別世界みたいに感じてしまっただけで」
古アパートの一階に暮らす颯には、ここに暮らしている自分の姿など想像もできない。諒大と出会ってから、颯の世界は目まぐるしく変化していく。
「俺もそう思います」
「諒大さんも?」
「はい。俺は一軒家で育ちましたから、高層階で暮らしたことはありません。もし、ここで颯さんと暮らしたら、どんな生活になるんでしょうね」
(僕は、諒大さんと暮らせるならどこでもいいな)
広々としたタワーマンションでも、小さなアパートでも、なんでもいい。諒大がいてくれればそれだけで十分幸せだ。
「西宮さんっ、高層階が苦手でしたら、千代田区の一等地におすすめの低層マンションがございます。今なら間取りもお好きにカスタマイズできますよ」
諒大の右側から営業マンがすかさず資料を見せてきた。
「販売前から問い合わせが殺到している港区の物件がございまして、そちらは快適なテラスと専用庭が……」
左側からはまた別の営業マンが別の物件をおすすめしてくる。
また颯はのけ者になる。
「颯さんは? どこが気に入りましたか?」
諒大は営業マンをよそに、ふたつの資料を持って、颯の隣に寄り添ってきた。そして丁寧に資料を開いて見せてくれる。
「颯さんが決めてください。颯さんの住みたい家に俺も住みたい。俺は颯さんの意思に従います」
諒大のそのひと言で早速営業マンたちが動き出した。
急に颯をもてなすように変わったのだ。
「こちらのマンション、占有面積がかなり広い物件でして、ファミリータイプが八割と、千代田区では珍しいものになります。共有部にキッズスペース、一階には音楽教室が……」
「あの、こちらペット可なんです。将来的にペットを飼われるご予定などは……」
「えっ、あ、あのー……どうしよう、そこはあまり考えてなくてですね」
「そうでいらっしゃいますか、でしたら……」
営業マンの営業トークが続く。いくつもおすすめされて、どれもよさそうで颯は目移りする。
「よければぜひ一度こちらの物件もご案内させてください。そのあと近くにいいレストランがございますのでお食事でも!」
「今仮予約された方はキャンペーンで300万円引きになります」
「は、はぁ……」
ものすごい勢いに押されながらも、颯は自分の意見を言おうと口を開いた。
「あの、どれもとても素敵で……すぐに決められないから、とりあえず資料だけいただいて検討します」
颯には、こんな高い買い物を即決できるわけがない。ゆっくりじっくり考えたかった。
「では、そうしましょう。すみません、今日はここのマンション購入で。四十一階と、その下の十六階の角部屋にします」
諒大は投資目的でこのマンションを二部屋購入することに決めた。
「颯さん。俺たちのマンションはもう少しゆっくり探しましょう」
「はい」
諒大がマンション購入のための書類を交わしている間も、手のひら返しな営業マンたちは颯につきっきりだった。
マンションを出て、帰り道、諒大と敷地内の庭園を歩いている。
さっきのタワマンは、商業エリアや公園に隣接している好立地にある。2LDKの広さでも何億円もする、想像もつかない金額だったのに、諒大はそれを二つもキャッシュで購入。常人ではとても考えられない行動だ。
「狙い目なんですよ、マンションは立地が大事だなと思っていて、駅近のここは資産価値が下がるとは思えない。投資も同じものばかりにこだわらず、リスク分散していくことが必要かなと思っているので、とりあえず手頃な価格帯の部屋を購入することにしました」
「あれが、手頃な価格帯……」
金銭感覚の違いにビビるが、きっと諒大の生きてきた世界では、なんでもないことなのだろう。
「それと、今日営業マンを引き連れてきた部長さんは、俺の親父の恩人なんですよ。親父がスピーチの壇上から降りるときに階段で転んだんです。そのとき手を差し伸べてくれて、面白いこと言って、その場を笑いに変えてくれた人なんです。だから今日は最初からここを購入するつもりでいました」
「恩のある人だったんですね」
諒大は意外と義理堅い性格だ。受けた恩を忘れない諒大の考え方は好感が持てる。
「賃貸に回すだけでなく、住むこともできますよ。颯さんさえよければ、結婚したあと新居が決まるまでこのマンションで暮らしてみますか?」
「ほぇぇ……」
お試しで都内一等地のタワマンの最上階に住む。そんな人も世の中にいるんだなとびっくりだ。
「今日の僕、完全に場違いでしたよね」
颯はずっと思っていたことを吐き出した。
「そんなことありませんよ」
「いいえ。諒大さんはお金持ちだし、人脈もあるし、なんでこんな貧乏オメガと結婚してくれるのか今でも不思議に思っています。これは夢なんじゃないかなって思うこともあります」
人としてのレベルが違いすぎて、居た堪れなくなる。諒大の人生の中の一番の汚点が『嫁』になるんじゃないかと不安でいっぱいだ。
「颯さんはどうして俺と結婚するって決めてくれたんですか?」
「僕ですか? それは、諒大さんだからです」
颯は諒大に微笑みかける。
「諒大さん優しいから。一緒にいてすごく安心できる、諒大さんといるときの自分が本当の自分だなって思えるんです。僕は自分を出すのが苦手なんですけど、諒大さんになら我が儘を言えるっていうか、自然と話ができるっていうか」
気の利いたことも言えないし、失言してしまうことも多い颯だが、それも全部ひっくるめて諒大は好きだと言ってくれる。それがどれほど心強いことか。
「俺もです。俺も、颯さんだから好きになった。颯さんもでしょ? 俺が御曹司でカナハの室長で金持ちじゃなかったら、結婚してくれなかった?」
「いいえ、そんなの関係ないですっ」
「俺もです。颯さんがどんな立場の人でも、俺は好きになると思います。颯さんがライバル企業の息子だったとしても、俺はあなたを好きになる。家柄なんて関係ない。俺は颯さんという人が好きなんです」
諒大の語り口は丁寧で、ひとつひとつの言葉が颯の胸に響く。
ああ、この人とならこの先の結婚生活も楽しく乗り越えていける。そう思えてならない。
「俺ね、住むとこばっかり考えていて、颯さんに大事なこと聞くの忘れてたんです」
「なんですか?」
「あの、あのですね……」
諒大は言いよどむ。何か言い出しにくいことなのだろうか。
「子どもはどう考えてます?」
「子どもっ?」
「俺の希望としては、結婚したら割とすぐに子どもが欲しいなと思っていて。俺はひとりっ子で、兄弟に憧れもありまして、できたらふたり以上……」
「えっ、あっ……」
そういうことは漠然としか考えてこなかった。でも、諒大似の子どもがいたら、めちゃくちゃ可愛いと思う。
(ミニ諒大さん……諒大さんとの間に子ども……)
子どもと諒大と一緒に暮らす毎日。なんか、想像しただけですでにキラキラと輝いている。
「颯さんには俺の子どもを産んでほしい」
諒大はグッと颯の腰を抱く。
「……ダメ、ですか?」
「ひぁ……!」
そんなことを耳元で囁かれて、颯は顔を真っ赤にする。
ダメじゃない。全然どこもなんにもダメじゃない。
「ぼ、僕も子どもが欲しいなと思っていて……あのっ、その、僕、ヒートも不安定なダメオメガだから産めるかどうかもわからないけど……」
そう言うと、諒大はみるみる嬉しそうな顔になる。
「よかった。颯さんに『子どもは無理』って言われたら、俺、父親になるの諦めなきゃいけないところだった」
「そんな心配をしてたんですか」
「はい。だって颯さんの意思は大切にしたいから。それで、俺の結婚に対する気持ちは変わりませんが、どう思っているのか知っておくのは大事なことだと思います。これから俺と颯さんは家族になるのに」
諒大の言葉の端々に、思い遣りを感じる。その優しさに胸がじんとなる。
「そうですね、じゃあ僕の気持ちを諒大さんにお話しますね。僕も子どもが欲しいなと思ってます。それで、できたら兄弟も作ってあげられたらいいですね」
「俺と一緒だ。俺たち同じ気持ちでいたんですね」
諒大が嬉しそうに笑う。
「結婚式をして入籍したら、すぐに明るい子作り計画を実行してもいいですか」
「んっ? なんのこと?」
颯が不思議がっていると、諒大は颯の腰に回した腕をグッと引き寄せ、耳元に唇を寄せてきた。
「中出しするって意味です」
「わっ……」
諒大に抱かれてこの身体にアレを注ぎ込まれる。そんなことを想像した途端に、耳まで真っ赤になる。
でも子どもを作るためにはそれをしなければならないわけで……!
「ごめんなさい。颯さんとの子ども欲しい」
「わ、わ、あっ……」
諒大が颯の髪に、耳に、頬にキスをするから、恥ずかしくてならない。
「俺、颯さんのこと大好きですっ」
「そ、そんな大きい声でっ……」
日に日に諒大の求愛行動が増している気がするのは気のせいだろうか。
番外編『僕の番は桁違いの御曹司』完!
これにて番外編投稿はおしまいです。お付き合いいただきありがとうございました。
ともだちにシェアしよう!

