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番外編6『アルファは二度目の恋をする』
シャワーを終えて、リビングに戻ると、最愛の人がキッチンに立って料理をしていた。
「あ、諒大さん。ちょっと待っててね、もうすぐトマトチキンスープができるからね」
「わざわざ作ってくれてるんですか」
「はい。冷蔵庫にあったもので、思いついたものですけど」
仕事から帰ってきた諒大がさっき「何も食べていない」と言ったからだ。それで、諒大がシャワーを済ませている間に作ってくれたらしい。
「すごいな。あのなんにもない冷蔵庫から、こんなおいしそうなものが作れるなんて」
調理をしている颯の横から覗き込むと、空腹には耐え難いとってもいい匂いがした。
「諒大さん、お腹空いてるかなと思って」
「はい。めちゃくちゃお腹空いてます。ありがとうございます」
「えへへ、よかった」
微笑みかけてくる颯を見て、口元が緩む。もはや好きしか感想が出てこない。
颯がいると、毎日が幸せだ。
「座って待ってて。あと少しだから」
颯に促され、諒大はソファーに座ってくつろぐ。
颯と恋人同士になれたのは、奇跡のような確率だと思う。
子供のころから運命の番に憧れていた。アルファは運命の相手と結婚するものだとどこか決めつけていた。
運命のオメガに出会えたら、雷が落ちたようにお互いが一瞬で恋に落ち、即結婚、即番になってふたりで幸せに生きていけるものだと信じていた。
そして二十六歳にして颯に出会った。だがやっと出会えた運命のオメガは、そのとき階段から転落し意識を失っていた。
華奢な身体にやつれた顔。身寄りもなく、オメガ性のせいで差別や不遇な扱いを受けながらも、誰を恨むこともない。
そして困っている人には手を差し伸べる、涙が出るくらいに心が強くて優しい人だった。
自分で言うのもなんだが、諒大は物心ついたときから男女問わずモテてきた。人から愛の告白をされたことは数知れず、諒大から誘えばどんなオメガも喜んでついてきた。
なのに、運命のオメガの颯だけは、諒大から逃げる逃げる。
何度もモーションをかけているのに、振られてばかり。諦めたくない、でも、どうしても想いが届かない。あの手この手を使って、好きになってほしくて、必死になって追いかけた。
今でも思い出すのは、巻き戻ったあとの颯の態度だ。
『かっこいいなんて言われたら、男は期待しちゃいますよ?』
「期待……ですか?」
『俺のこと、好きなのかなって』
「わぁっ! 違いますっ!」
違うとはっきり言われて、傷ついた。自分の何がダメなんだろう。強引に迫ってくるところが怖いのだろうか。
深夜、車を飛ばして、颯のアパートまでやってきたのに。
「だっ、大丈夫。大丈夫だからもう僕に構わないで! もう追って来ないで!」
ヒートを収めたあと、颯は逃げるように諒大のマンションからいなくなってしまった。
あのひと言はさすがに効いた。颯のために諦めたほうがいいのでは、とまで思った。
颯は運命から逃げたがっている。それなのに追いかけ回すのは、もうやめにしないといけないと覚悟した。
でも諦めようとするたびに、胸が苦しくなる。こんなときに限って颯のことばかりが頭に浮かんでくる。
目まぐるしく変わる、颯のいろんな表情。
驚いたり、真面目な顔をしてみたり。照れてる顔も、笑った顔も、全部好きだ。
(二度目の出会いで、颯さんがどんな人だったのか、やっとわかったんだ)
巻き戻る前は、強引に迫ってあっという間に颯と婚約。今思い返せば、何も知らないままただ運命の番という理由だけで一緒にいた。
でも、巻き戻ったあと、時間をかけて過ごしてみて、本当の颯を知った。
颯は、諒大の幸せを思って諒大から離れようとしたのだ。
それは結局は勘違いだった。颯は、諒大は運命の番というものに惑わされているだけ、本当は結城と結ばれたいはず。諒大の幸せが、自分の幸せだと思ったと、あとになって打ち明けてくれた。
(好きな人の幸せのために、自分の気持ちを諦められるか?)
今、もし颯が諒大でなく別のアルファのことを好きになったら?
そうなんですね、わかりました諦めます。その人と幸せになってください、と笑顔で別れを切り出せるだろうか。
(無理だ。俺にはできない)
婚約破棄なんて許せない。もうすでに婚約したじゃないか。今さら他に好きな人がいるなんて言われても遅い。裏切りだ。と文句のひとつも言いたくなる。
それを、颯は諒大を責めるどころか、自ら離れることを選んだ。
諒大の幸せのために。
「諒大さん、諒大さん……?」
「あ……」
リビングのソファーで考えごとをしていて颯の呼びかけに気がつかなかった。
「夕飯できましたよ。……でも、疲れてる? 少し横になる?」
颯は諒大の頬に手を当てて、顔を覗き込んでくる。呼びかけに応じなかったから、心配しているのだろう。
颯は諒大がいつも使っているエプロンを着用している。その下に着ているのは諒大の貸した服だ。
袖が長いから、何度か折り返して着ているし、ズボンは今にもずり落ちそうになっている。
諒大が我が儘を言って、今夜は泊まって行ってほしいと引き止めたのだ。
颯はそれに応じてくれて、シャワーを浴びたあと部屋着がなくて、諒大の服を着ることになった。
(か、可愛い!)
いつも自分が着ている服を小柄の颯が着ると、こんなにブカブカになるものなのか。
なんだこの可愛い生き物は。
「はい。すっかりエネルギー切れです。颯さんが足りない。颯さん不足みたいです」
「えっ?」
「こっちに来て」
諒大は颯を遠慮なしに抱きしめる。驚いた様子を見せた颯だが、嫌がることなくすっぽり諒大の腕の中に収まった。
「俺と婚約してくれてありがとうございます、颯さん」
これは心からの気持ちだ。
今こうして颯と一緒にいられるようになるまでには、たくさんの危機があった。それでも諦めずに頑張ってよかった。
「どうしたんですか、急に」
颯は甘えるように諒大の胸に顔をうずめてきた。その仕草が可愛すぎて、胸がきゅうっと締めつけられる。
可愛い。可愛い。とにかく可愛い。
「昔を思い出したんです。颯さんのこと必死で追いかけていたころのことを」
あのときの自分は必死だった。何度手を伸ばしても指の間をすり抜けていくような颯の態度に危機感を覚えた。颯の心を掴みたくて、でも逃げられて、頭を悩ませていた。
「あのときはごめんなさい。諒大さんにたくさん迷惑かけちゃった」
「迷惑なんかじゃないです。颯さんは俺のこと考えてくれていたんだから。俺こそ、誤解を招くようなことばかりして、颯さんを不安にさせてごめんなさい」
ふたりで謝り合うと、颯が「ふふ」と笑った。
「諒大さん。優しいから好き」
颯に抱きつかれて、諒大はハッとする。
こんなふうに颯に甘えられるのは初めてだ。いつも遠慮がちな颯は自分から抱きついてきたりしない。
(嬉しい)
すかさず諒大は抱きついてきた颯を受け止め、髪を撫でる。すると颯は「ん……」と気持ちよさそうに吐息を漏らした。
(その可愛い反応、反則だ。好き、好き、好き)
頭の中は颯のことばかりで、まともなことが考えられなくなる。
「好き……俺も、好きです」
心の声がついに口をついて出る。こんなに好きで大丈夫なのかと心配になるくらいに颯のことが好きだ。
心から愛している。
「ね、諒大さん」
颯は顔を上げて、その可愛い大きな目で上目遣いに諒大を見つめる。
「僕のことを見つけてくれてありがとうございます。諒大さんが運命の番を探し続けてくれたから、僕は諒大さんに会えたんだと思います」
「え……?」
そんなふうに考えたことはなかった。運命の番がいいというのは、自分自身の勝手なこだわりだとばかり思っていたのに。
「これかもずっとそばにいてね。ありがとう、諒大さん」
颯の弱々しい笑顔が、諒大の胸を打つ。
一生大切にする。もう二度と離れない。
「颯さん……」
諒大は颯の唇を奪う。
気持ちを抑えられなかった。愛おしくてたまらなかった。
「ん、はぁ……んぅ……っ」
颯はキスするときに呼吸を忘れてしまう。だから時々、呼吸がしやすいように唇を離してやる。そうすると、その隙に呼吸ができるみたいだ。
そんなキス下手なところも可愛いと思う。息を絶え絶えにしているさまは、正直そそられる。
(やばい。勃ってきた)
今すぐ颯を押し倒したい欲が湧き上がってきてやばい。颯のことは大切にしたいのに。
「あっ、ん……りょた、さん……」
キスの合間に颯が諒大の名前を呼ぶ。
「ベッド、行こ……」
颯の誘いに、諒大は悶絶。
呆気なく颯に陥落し、それはそれは素敵な夜を過ごしたとか。
——番外編『アルファは二度目の恋をする』完。
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