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番外編『ある幸せな朝』

 諒大と恋人になってから、幸せな夜を何度も過ごしている。  昨晩、仕事終わりに諒大が迎えに来てくれた。それから諒大おすすめの店でイタリアンを堪能し、諒大の家にお泊まりコースだ。  夜はもちろん一緒。なんとなくいい雰囲気になって、諒大との甘い甘い夜を過ごして、疲れ切って、ひとつのベッドで眠った。  そして最高の朝を迎える……はずだった。 (ど、ど、どうしよう……!)  柔らかな朝日に照らされつつ、颯の隣には諒大が眠っている。その背中を見て動揺を隠せない。  綺麗な諒大の肌に、無数の引っ掻き傷がある。  これは間違いなく颯が付けたものだ。昨日の行為の最中に、必死になって諒大の肩にしがみついた記憶がある。  そのときにやらかしてしまったに違いない。  見れば見るほどひどい傷だ。余裕がなかったとはいえ、諒大を傷つけてしまうとは。  そのときだった。突然、諒大が寝返りを打ち、こちら側を向いたかと思うと、そのまま腕を回して颯を抱きしめてきた。 「うぁっ!」  いきなりのことで避けられず、諒大の抱き枕状態になる。  でも全然嫌じゃない。諒大の温もりに嬉しくなる。抱きしめてもらえると幸せな気持ちになり、パッと気分が上向きになる。  いつだって諒大は颯のことを笑顔にしてくれる。この人といると安心する。ありのままの自分でいられる。  でも、ちょっとだけ力が強くて苦しい……ような。 「うぅん……颯さん」  寝起きの声で囁かれて、さらにぎゅっと抱きしめられて、颯は「うぐっ……」と声をもらす。その声に反応して、諒大が腕を緩めてくれた。 「相変わらずいい匂いがする。颯さんは」  諒大は颯の額にキスをする。それから身体を離して、まっすぐ目を見て「おはようございます」と微笑んだ。 「あ、え、あのっ、おっ、おはようございます……」  とりあえず挨拶を返したけれども、颯には早々に諒大に謝らなければならないことがある。 「どうしたの、颯さん」  颯の態度がおかしいことに気がついたのか諒大は、顔色をうかがってきた。 「い、いえ、あのですね……」  諒大の傷は背中だ。鏡を見ないと諒大はわからない。あとで気がつく前に、白状しなければ。 「なんですか? 俺に言いにくいこと?」  諒大が急に不安げな顔をする。 「まさか、俺のこと嫌いになった……?」 「えっ!」 「何か俺、颯さんに嫌なことしちゃいました? もしそうなら我慢しないで教えてください。俺、直します」 「そ、そんなっ、諒大さんに悪いところなんてひとつもありませんっ」  こんなことで諒大に勘違いさせてしまったら大変だ。 「あの、僕、してはいけないことをしてしまいました……」 「はいっ? な、なんですか!」  諒大の焦りが半端ない。めちゃくちゃ怯えている。 「実は……」 「待ってください、ちょっと、心の準備をさせてください」  颯の言葉を遮り、諒大は胸を押さえて深く息を吐いた。それから軽く目を閉じ「よし」と呟いてから颯に向き直る。 「どうぞ言ってください。俺以外の男と何をしたんですか?」 「えっ? なんでそんな話にっ?」 「違うんですか? だって颯さん、してはいけないことをしたって……」 「ち、違いますって。僕は諒大さん以外の人とは何もしませんよ。ありえないです。こんなに、好きなのに」  驚いた。変な誤解をしないでほしい。颯がすべてを許すのは諒大だけだ。 「オメガは無理矢理されることもあるでしょう? 颯さん、可愛いから心配です」 「か、可愛くないです」 「いいえ、可愛い。ひと目で恋に落ちた。この人こそ俺の運命の人だって思いました」 「そんな……」  諒大は顔を合わせるたびに可愛い可愛い言ってくれる。恥ずかしいけど、そう言ってもらえると嫌われていないんだと安心する自分がいる。 「で、でね、諒大さんっ。あのね、諒大さんの背中」 「背中?」 「僕のせいで傷だらけに……」  意を決して謝ると、なぜか諒大は笑顔になる。 「き、昨日の夜、僕がたくさんしがみついちゃったからっ。ごめんなさい、諒大さん」 「それが、颯さんの『してはいけないこと』ですすか?」 「え? は、はい……」 「なんだ。よかった」  諒大は颯を抱きしめて、安堵の溜め息をつく。 「嫌じゃないんですか?」 「はい。傷を見るたびに颯さんを思い出せるから」 「痛くない……?」 「全然。痛くないです」 「お風呂に入るとき、しみちゃうかも」 「そのくらい、なんともないです。これからも苦しいときは俺にしがみついて。俺だけを頼って」  颯を抱きしめる手で背中を撫でられる。その優しい手に安心して颯は諒大の胸板に頬を寄せる。 「諒大さんて全然怒らない。僕が何をしてもいつも笑顔で許してくれる」  怒鳴られることが極端に怖い颯にとって、穏やかな性格の諒大は最高のパートナーだ。諒大となら、この先もきっとうまくやっていける。安心して身を任せられる。 「お薬塗ったほうがいいよね。僕、傷薬持ってますからあとで塗りますね」 「はい。お願いします」 「あ、あと、お詫びに朝食は僕が作ります」 「嬉しいな。ありがとうございます」 「それと、あと……」  他に諒大にしてあげられることはなんだろう。 「ねぇ、颯さん。お仕置きしてもいいですか?」 「お、お仕置きっ?」 「はい。颯さん、なんとかして責任取りたいんでしょ? だからお仕置きです」  お仕置きという割には、なぜかニヤニヤしている。 「い、痛いっ?」 「うーん……ちょっと痛いかも。痛かったらごめんなさい」 「えっ、あっ……!」  諒大は颯の首筋に顔をうずめる。そして、唇を押し当ててきた。 「あぁ……はぁっ……」  諒大からの熱烈なキスに身悶える。朝から感じてしまいそうになって、必死で邪念を追い払う。 「お仕置き終わり。颯さん、ゆっくり起きてきて。朝食は俺が作ります」  あっという間にベッドから起き上がり、諒大は爽やかな笑顔を見せる。 「もし誰かに聞かれたら、『諒大にやられた』って答えてくださいね」 「えっ?」 「颯さん、そろそろ気付いているかもしれないけど、俺、颯さんを誰かに譲る気なんてないから」  諒大の目が本気だ。 「俺は颯さんなしじゃ生きていけない。だから颯さんも俺がいないと生きていけないようになってください。俺、死ぬまであなたのことを好きだから。何度、時を巻き戻っても、あなたのことを愛します」  諒大は言いたいことだけ言って、「朝食はパンにしますね」と部屋から去っていく。その間、颯は呆然としたままだ。 「りょ、諒大さんて……」  巻き戻る前も、巻き戻ったあとも、たしかに諒大の勢いはすごかった。付き合ったらすぐに両親に「結婚を前提とした付き合いをしています」と紹介されて、ふたりの関係を誰にも隠そうとしない。今だって、すっかり諒大に囲われているような……気がする。 (実は、僕のこと、結構好きなのかも!)   こんなに執着されているのに、未だにピンとこない颯。  諒大からの執着が増し増しになるのは、またいつかの未来。

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