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番外編
「ドキドキする……」
買い物袋を引っ提げて、諒大のマンションのドアを合鍵で解錠する。ドアは呆気なく開いて、颯は中に足を踏み入れる。
「お邪魔しま……えっ?」
中に入って、まず玄関の惨状から驚いた。諒大の革靴があちこちに散乱しているのだ。
「靴下、脱ぎっぱなしっ?」
リビングへと続く廊下には脱ぎ捨てたであろう靴下が落ちている。諒大の家はいつも整っている。靴下を脱ぎ捨てて放置するイメージがまるで湧かない。
靴下を拾ってバスルームへ向かう。するとそこには大量の洗濯物が山になっていた。
「ひえぇ……」
見ちゃいけないものを見てしまった気がするが、諒大の家での洗濯や掃除は何度もやっている。諒大のこだわりルールも知っているから、とりあえず洗えるものを洗濯機に入れて洗濯する。
冷蔵庫は予想どおり空っぽ。颯は気合いを入れて、料理を始める。冷蔵庫から取り出して温めるだけで食べられるおかずやサラダをテキパキ用意する。
床の掃除はお掃除ロボットにお任せだ。
ひととおりの家事を終えて、今の時間は二十三時。諒大はまだ帰って来ない。
と、そのとき、颯のスマホが鳴った。スマホの画面には『西宮諒大』の文字。
「諒大さんっ?」
急いで通話に応じると、『すぐに出てくれた』と諒大の嬉しそうな声が聞こえた。
『特に用事はないんですけど、ただ声が聞きたくなって。……あ、次の信号右折でお願いします』
どうやら諒大はタクシーに乗っている様子だ。
『ね、声を聞かせて。なんでもいいから話しかけてくらはい』
諒大は呂律が回っていない。結構、酔っているのかもしれない。
「諒大さん、あのね、昨日、諒大さんのお母さんから僕に電話がかかってきたんですよ」
『そうだったんですか。ごめんなさい。うちの母さん、馴れ馴れしいんですよ』
「いいえ、嬉しかったですよ。あの、今度ふたりでわんにゃんフェスティバルに行くことになって」
『すごいな。どこをどう話をしたら、わんにゃんフェスティバルに行くことになるんだろう』
諒大が笑った。
「一人息子の諒大さんがいなくなっちゃったから、ペットを飼いたいと思っているみたいです。で、イグアナとチワワ、どっちにするかで悩んでいるらしいです」
『おかしいでしょ、その二択』
「ですよね。で、僕に一緒に見てほしいって。より諒大さんに似ているほうを飼いたいそうなんです」
『母さんには、俺がイグアナかチワワに見えてたのかよ』
諒大の鋭いツッコミに、颯も思わず笑ってしまう。
「でね、名前を『リョータ』にしたいって」
『はぁっ? 実の息子と同じ名前をペットにつけるセンスやばいから』
「ですよね。僕も笑っちゃった。でもお義母さんは諒大じゃなくて、カタカナで、伸ばし棒が入っている『リョータ』だって言い張るんです」
『マジですか。うわ。ほんと変な母でごめんなさい』
「可愛くて、素敵な人ですね」
『可愛いですか? 母さんはちょっと抜けてるところがあります。はぁ、颯さんと話してるとやっぱり楽しいな』
それから、少しの沈黙があった。
『……颯さん』
「はい。なんですか」
『五分でいいから会いたい。今すぐ俺の目の前に現れてくれませんか』
「目の前は、無理です……」
『……ですよね。あ。もうここでいいです。支払いは事前決済にしました』
タクシーが目的の場所に到着したようだ。
『颯さん、付き合ってくれてありがとうございます。電話、すぐに出てくれて嬉しかった。ではまた』
そこで着信は切れた。
「諒大さん、帰って来るのかな……」
そわそわしながら待っていると、ほどなくして、玄関から鍵の解除音が聞こえる。そしてリビングに入ってきた諒大とばっちり目が合った。
「は、颯さんっ?」
「あ、あの、おかえりなさい、諒大さん」
颯はソファから立ち上がり、はにかみながら諒大の前に立った。
「え、え……」
諒大は目をしばたたかせて状況を理解しようとしているようだ。
「来ちゃいました。勝手に。あ、合鍵もらったときに諒大さんが『いつでも来ていい』って言ってくれたから」
「ああ。もう……俺……夢みたいだ……」
諒大は泣きそうな顔になる。
「さっきの電話で言ってよ。それともサプライズしようとしてたんですか」
「なんか、言いそびれてしまって……」
本当は言えたかなと思う。でも、ちょっとだけ驚かせたかった、という気持ちも実はあった。
「諒大さん、お仕事お疲れ様です。何か食べるならご飯もありますし、お風呂もすぐに入れます」
「颯さん、家事やってくれたの?」
「はい。洗濯乾燥できるものは洗濯して、あと、ベッドの端に山になっていたスーツはクローゼットに戻しておきました」
「うわ、全部見られた。家、めちゃくちゃだったでしょ。恥ずかし……」
「いいんですよ。諒大さん忙しいんだから」
颯は笑顔で答える。すると諒大は「なんですかその可愛すぎる顔は」と、やたら嬉しそうだ。
「ね、颯さん。俺、疲れちゃった」
「え、あっ、わぁっ」
急に押し倒されて、颯はソファの上にぼすんと座らされる。その颯の太腿を枕にするようにして、諒大がソファに倒れ込んだ。
「ここで休ませてください」
諒大は颯を膝枕にして目を閉じ横になっている。
少し恥ずかしいが、疲れている諒大を休ませてあげたい。
(諒大さんの寝方、子どもみたい)
諒大は両膝を軽く曲げ、身体を縮こませている。その格好がまるで横向きの胎児みたいで可愛いと思った。
「新しいプロジェクト大変ですか? 諒大さん、生活を犠牲にして頑張っているの?」
颯は諒大の髪を撫でながら尋ねる。
「……大丈夫です。俺がやりたくてやっていることだから」
口ではそう言っているが、全然大丈夫そうに見えない。家はめちゃくちゃ、帰ってくるなりソファにダイブするくらいには大変そうだ。
「頑張りすぎないでくださいね。諒大さん、無理してるの隠すの上手だから、心配です」
颯の言葉に、諒大がぴくりと反応する。
「……本当は」
諒大は颯の腰に腕を回してきた。
「ちょっと、キツいです」
諒大の仕事の泣き言を聞いたのは初めてだ。頼ってくれたことが嬉しくて、目頭が熱くなる。
「颯さんがいてくれると安心する」
「いいですよ、甘えて。僕は年上ですから」
可愛い年下彼氏が疲れているときくらい、力になってあげたい。ここは大人の包容力というものを存分に見せつけてやりたい。
「はは。そうでした。じゃあ、颯さんを頼らせて」
諒大は颯に抱きつき、颯の腹に顔をうずめる。そんな諒大が愛おしくなって、そっと髪を撫でる。
「あの、さっきの質問の答え『颯さん』にします」
「質問……?」
まるきり覚えがなくて、颯は聞き返す。
「ご飯にしますか、お風呂にしますか、それともって俺に聞いてくれたでしょ?」
「へっ?」
そんなこと聞いた覚えはない。そんな新婚夫婦のど定番みたいなことは断じて言っていない。
「颯さんを俺にください。颯さんっ!」
「わわっ!」
諒大に襲われて、ソファに押し倒される。
「このまま襲っていい?」
「えっ、だめっ……」
「好き、好き、大好き、颯さんっ」
「りょたさ、待って……疲れるんじゃないの、あぁんっ……」
結局、年下彼氏の元気な下半身には勝てず、いつか大人の包容力で甘やかしてやると誓う颯だった。
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