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鬼の嫉妬
小さい子供が愚図っているようだなあと思った。
寝台に腰掛けるタイランの膝に顔を埋めたドウメキは、深呼吸を一つ。ゆっくりと顔を上げると、長い腕で囲むようにして腰に抱きついた。
「ぐぇ、っな、なんださっきから……」
「火傷は、もういいのか」
「お前が先ほど神通力で治したろう……、あまりそう言ったことに力を使うんじゃない」
「お前に傷がつくのが嫌なのだ。……違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそう言うことではない」
「なんださっきから。駄々をこねるな」
人の腹に顔を押し付けて、何がしたいのだろう。呆れた表情のまま、短くなったドウメキの白髪頭に指を通す。
妖力に合わせて変幻自在の容姿は実に羨ましい。体の痣こそ消えないにせよ、珠幻城に戻ったあの日から、ドウメキの見た目は元の姿に戻っていた。
白髪頭をくすぐるように、やわやわと弄る。鍛えられた男の体に懐かれている。数ヶ月前のタイランだったら、きっと悲鳴をあげているに違いない。
「……どうしたドウメキ。何を拗ねている。幼児でもないのだから、きちんと口でいえ」
「俺にはああ言うことをせぬ」
「ああ言うこと?」
「なんで喰録ばかりに構うのだ。もう少し俺も気にしてくれ」
白髪の隙間から、朱で彩られた紅い瞳が恨めしそうにタイランを見やる。どうやら嫉妬をしたらしいと理解すると、タイランの胸の柔らかな部分は、きゅうんと甘く締め付けられた。
(俺よりも大人なくせに、なんでこう言う時に限って素直になるのだ……)
口元が緩んでしまいそうになって、慌てて引き結ぶ。とんでもなく上等な男だ。こんなことを婦女にしてみろ、イチコロに違いない。そんなところまで想像して、胸糞が悪くなってやめた。ドウメキは名実ともにタイランのものである。
しかし、好いた相手から嫉妬されると言うのは、なんとも心地よいものだ。白い髪を指の隙間に流すように、両手でドウメキの頭を撫でつけた。大きな犬を愛でるようなタイランの手のひらは、整ったドウメキの顔を晒す。
「お前が、変に余裕を持つからだ。俺ばかりがドギマギしているのかと思うと、少しばかししゃくだった」
「余裕? 俺がか……。まさかそんなふうに見えていたとは」
「違うのか?」
「違うも何も……」
ばつが悪そうなドウメキの手を、タイランは緩く引き寄せた。床の上ではなく、隣に座れと言う意味だ。顔のいい男に見上げられるのは心臓に悪い。何の気なしに隣を促しただけのはずが、より一層ドウメキのぎこちなさが増した。
「で、違うのか」
「……なんだか楽しそうだな」
「普段やられてばかりだからな。お前のそんな面を見るのは気分がいい」
ふすりと笑う。タイランのご機嫌とは反対に、隣に腰掛けたドウメキの顔は分かりやすく渋いものになる。
ここ最近は、目元に幸せを貼り付けるかのように微笑まれることの方が多かったのだ。今がいっとう幸せですと言わんばかりに見つめられていたタイランからしてみれば、ころころと表情を変える今の方が断然緊張しなくて済む。
この場の主導権は、間違いなくタイランだろう。喜色じみた笑みを見せながら、ドウメキの顔を覗き込んだ。
「……あまりそんな顔をするな。お前、この状況がどう言うものだかわかっているのか」
「俺が楽しいと言うことはわかっている」
「いいや、わかっていない」
ドウメキの声色が、少しだけ硬いものになる。
大きな手のひらが、タイランの頬に触れた。親指の先で、唇に触れるようにタイランの顎へと指を滑らせると、ドウメキの体がグッと近づいた。
口付けをされる。思わず、タイランは肩をすくませるようにして目を瞑る。衣擦れの音がして、気がつけば背中は寝台の上についていた。バクリと心臓が跳ねる。ここまでされて、タイランはようやくドウメキの言葉を理解した。
「目を開けろ、タイラン」
「ま、待ってくれ。ど、どう」
「待っている。俺は随分とお前のことを」
名前を呼ぶことを遮られた。被せるように口にするドウメキの言葉に、タイランはじわりと耳を赤くする。
「っ……、……」
胸元に、ドウメキの頭が乗せられる。唇を奪われるものだと思っていたから、タイランは少しだけ拍子抜けした。
今までは、からかい混じりに性的な接触を図られることがあった。前科があるからこそ、今回も同じものだと思っていたのに。
「前の方が、はしゃいでいなかったか」
「あれは、お前が断るだろうからやっていた。あの時は、まだこう……俺だけ一方通行のようなものだったろう」
「ああ、たしかに……、俺にそんな余裕は……」
いいかけて、唇をつぐむ。余裕はなかったのは確かだ。しかし、タイランがドウメキに好意を抱いていても、それに気が付かなかったからドウメキは素直に好きを差し出していたということか。
それは、好きだを口にされるよりも気恥ずかしくないだろうか。そこまで思い至れば、熱は耳だけにとどまらない。わかりやすく額まで赤く染め上げると、タイランはぎこちなく顔を背けた。
「……タイラン」
「なんだ」
「心臓の音が、すごいな」
「……聞くな」
胸の上の心地よい重さは、気がつけば声に抑揚を取り戻していた。タイランのわかりやすい心音を聞き取った途端にこれだ。
熱が離れて、視界がかげる。目線だけで盗み見すれば、天井を背負うようにして己を見下ろすドウメキがいた。
「……まだ、怖いだろ」
「何も怖くないわ」
「お前、被せるように言うのは面白いがすぎるだろう」
食い気味になったのは、緊張をしている証拠だ。前世も今生も、すべからく閨ごと経験なんて、と思考して、いいや、初めてはこいつだったかと思い直す。
そうだ、タイランは二回も初めてを奪われることになるわけだ。そんなことを思い至ると、つい下唇を吸い込むように口を閉じた。こうでもしないと、気恥ずかしさで火を吹いてしまいそうだった。
「俺は二度目だが、今のお前は初めてだろう」
「俺はお前に経験がないことを言ったか」
「言わずとも、辿ればわかる。そう言った力も備わっているからな」
「陰湿な力を使うんじゃない……」
誇らしげに宣うドウメキに、気が抜けた。
おだやかな微笑みで、お前を抱いた男がいたら殺していると言うあたり、実に妖魔らしいと言うべきか。いや、きっとこの場合は祟り神らしいと言う方があっている気がする。
余計なことを考えていれば、タイランの顔の横に肘をついたドウメキが、グッと体を寄せてきた。初めてだと知っていてのこの距離かとも思ったが、これがこの関係の当たり前の距離なのだ。
正面から抱き合うことは変わりないのに、なんでこんなに緊張をするのだろう。思考が浮ついた時、大きな手のひらに下腹部を押された。
「う、っ……な、何」
「ここに」
「え?」
「……、ここに、入る」
ドウメキの言葉に、はくりと唇を震わせる。当たり前のことを意識させられるのは、緊張を煽るのには実に適している。
頭に熱がこもる。風邪を引いたわけでもないのに、体が熱くなった。
ドウメキの紅い瞳にタイランが映っていた。見たこともない顔をして見つめ返す、紅い瞳に映る己の輪郭が濃くなったかと思えば、唇に柔らかなものが触れていた。
「ふ……っ……」
呼吸の仕方を忘れてしまうかと思った。ふにりとした柔らかさを伴った口付けを受け止めて、改めて自覚した。タイランは、今からドウメキに抱かれるのだと言うことを。
「唇を、少し開けろ」
「は、……っ」
「ゆっくりでいい、鼻で呼吸をしろ。そうすれば、力が抜ける……」
「ふ、んん……っ……」
鼻にかかる、甘えたのような声は、本当に己のものなのか。
唇のわずかな隙間から差し込まれたドウメキの舌が、同じ動きを求めるように、タイランの舌に教え込む。
味蕾同士を摩擦するように舐め上げられては、舌に柔らかく吸いつかれる。
舌に神経が集中しているのかもしれない。唾液の甘さに酔いしれながら、タイランは体の温度を少しずつ高めていった。
「は、ぁ」
上顎を舐められるだけで、気持ちがいい。思わず漏れた声を褒めるかのように、ドウメキが唇を啄んだ。
もっと、褒めてほしい。気がつけば、タイランの指先はドウメキの服を掴んでいた。互いの唇の柔らかさを確かめるように、角度を変えて口付けを深める。時折弾ける唾液の音が、タイランの神経を馬鹿にさせるのだ。
「も、もっと、……っ」
「ん……」
思考が定まらない、ふわふわとして、まるで水面に身を任せるような心地だった。
寝台が軋む。心地よい圧迫感に身を包まれて仕舞えば、タイランの腰は小さく跳ねた。
「っぁ、っ……」
布越しに押しつけられた硬い熱に、出したこともないような声が漏れた。慌てて口を塞ごうとして、できなかった。
ドウメキの熱を帯びる瞳が、視線だけでタイランの動きを制したのだ。
「だめだ、全部聞かせろ」
「ま、待って」
「またない」
「んぃ、っ……っ」
ドウメキの香りが濃くなった。首筋に顔を埋められ、犬歯で悪戯にくすぐられる。甘噛みをされるだけで、こんなに気持ちがいいだなんて知らなかった。
タイランの下腹部は熱を逃せぬまま、わかりやすく張り詰めた。
己でそこを慰めることもしなかった。その皺寄せが、今来ている。衣服が肌に擦れるだけでもうだめだ。ドウメキの体で押さえつけられることが、心地よいと思ってしまう。
タイランの布越しの性器に、重ねるようにして押しつけられたドウメキの昂りは、布越しでもわかるほどの熱を放っていた。
男の体で、反応を示しているのだ。なんの膨らみも、柔らかさもない体に、欲を抱いているのだ。それが滑稽で、少しだけ可愛く思う。
首筋に、小さな痛みを覚えた。強く吸いつかれたことで残されたであろう所有印を、己で見ることはできない。それでも、ドウメキが満足そうな雰囲気を醸し出すおかげで、タイランは笑ってしまった。
「ん、はは……っ」
「うまくついた」
「もう、……好きなだけつければいい。お前なら、いいよ」
嬉しそうなドウメキが可愛い。この上等な男が、こんな時に限って無邪気に戻るのはずるいだろう。
額までわかりやすく赤く染め上げた、情けない顔で笑う。
タイランの様子に、ドウメキは何かを堪えるような表情を見せた。
鼻先が触れ合う。ゆっくりと顔を傾けるように、再び唇が重なった。ドウメキの手の侵入を許したのは、口付けにお伺いの色を見つけたからだ。
タイランの上衣を、手の甲で布地を捲るようにして胸元に触れる。
服の上からでもわかるほど勃ち上がってしまった胸の突起へ、指先をふにりと押し当てられた。
「つ、まらない……胸だろう……ぁっ」
「つまらなければ、こうはなっていない」
「ふは、……っ」
腰を押し付けるように、布越しの性器は擦れ合う。指先で胸の突起を挟まれるだけでもいけないのに、そんなことをされてしまえば簡単に反応を示してしまう。
滲んだ先走りのおかげで、布地が張り付く。普段なら不快感を覚えるそれも、今は興奮材料の一つだった。
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