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俺たちの関係──第37話
しかも背中に回ってきた腕に、持ち上げるようにぐいっと引き寄せられた。勢いに少しのけ反る。胸を押しのけようとしても、腰をガッチリとホールドされて逃れられない。
「お、おいバカ、離せよ、人が……!」
クソ、掴まれている腕がびくともしねぇ。
「そんなに僕と一緒にいるところ見られたくない?」
「……あたりまえだろ」
木の陰で見えやしないだろうが、ちょうど授業も終わったらしく人が増えてきている。それに、このまま近づけば唇が触れてしまう。
機嫌を損ねた姫宮に嫌味を言われるのかと身構えたが、そんなことはなかった。
ただじっと、俺を見ている。
「なん、だよ」
「痣に、なっているね」
「え」
姫宮の視線を辿り、言われて初めて、強く掴まれた袖からのぞく手首が薄っすらと赤くなっていることに気付いた。昨日、強く押さえつけられたからだろう。
よく見なければわからない程度だし、痛みがあるわけでもない。
「べ、別に……痣って言うほどのもんじゃない……し」
だんだんと声が尻すぼみになっていくのは、姫宮が目を皿のようにして俺を凝視してきたからだ。何か訴えたいことがあるみたいに。
無駄に顔がいいので、こうも真剣な眼差しを向けられるとあまりの迫力に息を呑んでしまう。
「橘」
「お、おう」
昔は、誰もが頬を緩めてしまうような愛らしい顔立ちだったのに、今では誰もが驚いて振り返るような美人だ。
男に美人は、おかしいだろうか。
でも姫宮はやっぱり、美人だ。
──キレイだ。
「君は」
姫宮が言葉を切ってしまった。暫く言うのを躊躇しているようだ。
「君は、僕と──」
(君は、僕と……?)
なんだろうかと続く言葉を待っていると。
「透愛ーっ」
馴染みのある声が耳に飛び込んできて、がばっと腕を突き出した。姫宮もすんなり離れてくれた。
彼から離れて振り向けば、駆け寄ってくる由奈が見えた。
「あれ、姫宮くんも……どうして二人が一緒に?」
「こんにちは、来栖さん。さっきそこですれ違って、少しお話してたんだ」
「えっ大丈夫? 姫宮くん、透愛に変なことされてない?」
「おい待て、どーいう意味だよそれは」
「そーいう意味。透愛がいっつもごめんね? 姫宮くん」
「あはは、どうして来栖さんが謝るの?」
びっくり、した。
未だにドキドキする胸を押さえている俺とは対照的に、姫宮はすでに涼しい顔をしていた。
頬が、熱い。なんだったんだ、今のは。
「で、なんだよ由奈、なんか用か?」
「なんか用かじゃないよ。土曜日のこと話そうって言ってたじゃない」
「土曜って……あ!」
「うそ、忘れてたの? もぉ~っ」
「いや違ェんだって、ちょっと面倒臭いことに巻き込まれてて──って、いていてっ、叩くなよ!」
ぽかぽかと攻撃してくる由奈の手首を、くいっと軽く掴み上げる。そんなに力は込めていないというのに、由奈は全く手を動かせなくなった。
はっとする。そうだ、俺は女性の腕をいとも簡単に押さえ込めてしまえるのだ。
Ωと言えども、男だから。
それなのに、姫宮はそんな俺を軽々と組み敷いてくる。さっきもだし、昨日もそうだ。力強く俺の足首を捕らえ、押し開き、窄まった俺の後孔を、白魚のように透明感のある指先でじっ……くりとほぐしてくるのだ。
細いけれどもしっかりと筋肉のついた胸板。形のいい鎖骨、さらりと垂れてくる黒髪の、色っぽさ。そしてしっとりと汗ばむ姫宮の首の裏に、俺はこの腕を絡めて──抱かれる。
ごくりと、背筋を通って這い上がってきた熱を、唾液ごと飲み込む。
「……あ、とあっ」
「え?」
「あの、そろそろ、離して欲しいんだケド……」
「ッぁ、ご、ごめん!」
もじもじとしている由奈からぱっと手を離す。ついつい凝視してしまっていた。しかも考えていたことが考えていたことだけに、頬にかーっと熱がたまる。
慌てて、広い襟口をぱたぱたと仰いで不埒な記憶をやり過ごした。
「……本当に橘くんって、来栖さんと仲が良いんだね」
「う、うるせぇな、おまえには関係ないだろ」
「もー透愛ってば、なんでそういう言い方しかできないの? ごめんね、姫宮くん」
由奈から肘で小突かれたが、ぷいっと顔を背ける。
こいつとの情事を思い出して恥ずかしくなったなんて、絶対に言えない。
それに、関わらないように関わらないようにと意識すると、やっぱり人前ではつっけんどんな物言いになってしまう。
これはもう昔からこうなのだ、しょうがない。
「ふふ、照れなくていいのに。本当に仲良しだなぁ。土曜日2人でデート?」
「ち、違うよ。ほら、嫩山 神社で夏祭りがあるじゃない? だから皆で行こうって話してたの」
「ああ、あのちょっと早い時期の……夏祭りか。いいね風情があって。楽しそうだなぁ」
「でしょう? あ、そうだ、姫宮くんも来る?」
由奈は冗談で言ったのだ。いつも家のことで忙しい姫宮が、それとなく他人の誘いを断ることは有名だったから。ましてや自分から「行きたい」だなんて言うことは滅多になく──
「うん、僕も行こうかな」
ニッコリ笑顔で頷いた姫宮に、由奈だけではなく俺も驚いた。
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