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俺たちの関係──第36話
「催眠術使ってんじゃねぇよ。今の子たちって知り合い?」
「さあ。いつも虫みたいにわらわら集まってくる内の数人だろうね。誰一人として見覚えがないな」
「虫って……おまえなぁ」
惨い言いようにちょっと引く。まぁでもいつものことだ。
姫宮の頬には、しっかりと湿布が貼られていた。陶器のような白い肌に、はみ出た内出血の痕が目立っていて痛々しい。そりゃそうか、結構すごい音してたもんな……頬骨が割れたかと思った。小さい頃、悪戯をしでかして透貴にコツンと軽めの拳骨を食らったことがあったのだが、思いのほか痛くてびっくりしたんだった。
拳が硬いのか、それとも腕力があるのか。
「なぁ、それ大丈夫か?」
「見た目ほど酷くはない。3日もすれば治るよ」
「そ、か、よかった」
ほっとした。ポケットに手を突っ込んで、とんと壁に寄りかかる。
「昨日は悪かったな。透貴も、いつもはもっと落ち着いてんだけどさ」
「透貴さんの怒りはもっともだ」
姫宮の伏せられた睫毛が、夏の日差しに透き通る頬に、長い影を作る。
「あの人は、僕をよく知っているからね」
「……どういう意味?」
何かを含むような言い方が、ちょっと引っ掛かった。
「別に」
姫宮が黙り、それきり会話が途絶えてしまった。
どうしよう、大学でしゃべったことなど数えるぐらいしかないので、妙にぎくしゃくしてしまう……いや、それはいつもか。とりあえず「助けてくれてありがとな」って手を挙げて颯爽と去った方がいいのだろうか、それとも、もう少しここで姫宮と会話をしても、いいのだろうか。
とん、と、姫宮が腕を組んで、俺の隣の壁に寄り掛かった。
姫宮の方は会話を終わらせる気はないらしい。まだ周囲に人はいない。
なら、何を話す? 考え込んでいると手に汗が滲んできた。沈黙が痛い、首の後ろがピリピリする。やっぱ何も言わないでこのまま帰っちまおうかな……と、ふと空を見上げたら空が青かった。
そこにでーんと、雲の王様が座っている。
夏の強い光という養分を糧に成長した、立派な入道雲。
「えーっと……姫宮」
「なに」
ちょい、と白い雲を指さす。
「あの雲、おまえみたいじゃね?」
「どこが」
「えーっと、なんだろ、なんか……ふてぶてしい感じ?」
「は?」
「いやあの、どーんと構えてる感じが、なんか神経図太そうっていうか、なんていう、か……」
姫宮の冷たい視線がいたたまれなくてそろそろと指を下げる。
「ごめん」
ヤバい、会話の切り出し方を間違えた。しゅんと落ち込んでいると、姫宮が、はぁ、と小さく息を吐いた。
「──なぜ、君が謝るんだ」
「え? なぜって……なぜ?」
「今も、さっきも、僕に謝ったろう。なぜ君が謝る」
「……だって痛かったろ?」
「そうじゃない……なぜ、君が謝るんだ」
同じことを繰り返す姫宮に眉間にシワが寄る。
姫宮の声は低いのに、やけに神妙だ。横を見る。
「姫宮?」
「先にカッとなって、君に無体を働こうとしたのは僕の方だろう……確かに、昨日は無神経極まりない考えたらずな君の発言に腹が立ったけど」
「おまえな、蹴るぞ」
「事実を言ったまでだ」
「わかった、殴られたいんだな?」
「殴りたければ、殴れ」
そろりと顔を覗きこめば、姫宮は組んだ腕をそのままに、ぷいっと反対方向を向いた。
「……君にはその権利があるだろう」
一瞬だけ見えたなんとも言えない表情に、ようやく察しがついた。
(あ、そっか。さっきから、なんか歯切れ悪ィなと思ったら)
よくよく見れば、心なしか姫宮の唇の形も「むすっ」としているように見える。
どうしてだろうか、自然と口の端がむずむずしてふにゃふにゃ緩む。
「なんだよ、透貴に殴られて脳みそすっぽ抜けたんか? おまえってホント、どうしようもねぇやつぅ」
頭が良くて、プライドが高くて、世界の中心が自分だけだと思っていて。
それなのに謝り方の一つもわからなくて拗ねるだなんて、子どもみたいな奴だ。
「いーよ、代わりに透貴が殴った。それにやっぱり俺も悪かったよ。余計なこと言っちゃってさ」
Ωの俺ごときに「彼女作れよ」なんて上から目線で言われて、さぞやイラっときたことだろう。
「おまえがけっこー短気なのも、口が悪いのも知ってるし。それが、姫宮だしさ」
人付き合い用の顔を除けば、絶対口下手だしな、こいつ。心から分かり合える友達もぶっちゃけいなさそうだし。
「おまえみたいな性格悪い奴と付き合えるのなんて、俺ぐらいだよなぁ……」
しん、と、その場が静まり返る。姫宮がまた沈黙してしまった。いつもの嫌味すらも飛んでこない。
(あ、れ、俺またなんか変なこと言ったか? あ、ヤベえ、また性格悪いとか言っちゃった)
「お、おい、姫み」
や、と言う前にぐるりと姫宮が振り向き、その勢いに圧倒されているとがっと腕を掴まれ、引っ張られた。「うぉっ」とつんのめる。
あっという間に吐息一つぶんの距離。
鼻の頭に、姫宮の吐息が降りかかってくる。
「なっ、なんだよ危ねぇだろ!」
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