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俺たちの関係──第35話
だからなのだろうか。
今こんな目に合っているのは。
*
「ねぇ、姫宮くんの顔、あれ一体どういうこと?」
「だからさっきから言ってんだろ、俺じゃねぇって」
「嘘つかないでよ、アンタじゃなかったら誰だっていうの!? 昨日だって変に突っかかってきたじゃん!」
身内だよ……とは言えないので、適当に濁す。
ほとんど面識のない女子集団にトイレを出待ちされ、大学の売店裏に連れていかれてかれこれ15分。やったやってないの無意味な押し問答もそろそろ疲れてきた。
まさか姫宮王子に働いた一瞬の無礼を、ここまで根に持たれるとは。
人気者というのは恐ろしい。
「そんなに信じらんねぇんなら、姫宮本人に聞いてこいよ」
あいつは絶対、俺がやったって言わないから。
「聞いても教えてくれないから聞いてんの!」
「姫宮くん優しいから、橘くんのこと庇ってるんでしょう?」
でた、優しい。夢見がちな親衛隊にはいい加減うんざりだ。
「はぁ? あいつのどこが優しいって……あっ」
慌てて口を押えたが、時すでに遅し。
「今、なんて言ったの?」
「あーいや、その……」
「おまえなに様!?」
「少なくともアンタの数百倍は優しいからねっ」
「わ、わかった、わかったよ! ごめんって!」
今朝周囲から、「おっ橘、おまえ姫宮王子のこと河川敷でブン殴ったんだって?」なんて揶揄られて肝が冷えた。
男友達にはちげーよ! の一言で済んだというのに、目の前の軍団には通用しない。
ぎゃあぎゃあとぶつけられる甲高い罵詈雑言の嵐を前に、男はいつだって無力である。
もはや成す術が無くなったので途方に暮れていると、話題の発端となった人物が颯爽と現れた。
「あれ、なんだか騒がしいね」
「姫宮くんっ」
あれだけ口悪く俺を罵ってきた女子たちが、途端にしおらしくなる。
「みんなどうしたの? こんなところで」
「あ、あのね、姫宮くんのその怪我って、本当はこい……橘くんがやったんでしょう?」
今「こいつ」って言いかけたなこの女。
「え、どうして橘くんが? これは違うよ。ちょっと寝惚けてベッドから回転しながら転がり落ちてぶつけただけだよ」
「ベッドから」
「転がり落ちた?」
バカじゃねーのかこいつ。
ベッドから回転しながら転がり落ちて左頬に青痣こしらえる姫宮なんて誰が信じるんだよ。
ほらみろ、女子も困惑してんじゃねーか。
そもそもベッドからゴロゴロ回転しながら転がり落ちる姫宮なんて誰も想像したくないだろう。
イメージというものがある。
「うそっ、やっぱり橘くんのこと庇ってるんでしょう? ほら、姫宮くんってそういうところあるから……」
「ねぇよ、そういうところ」
「は?」
「え……あっ」
つい、失言再び。昔から考える前に口を開いてしまう癖がある。
「あのね橘くん。いくら姫宮くんが優しいからって、そういう態度はよくないと思うよ?」
「あーいや、その」
「──ねぇ」
姫宮が、口調はふんわりしているが眼力がヤバい女子の頭にそっと手を置き、顔を覗き込んだ。美麗な顔のドアップに、女子の背中が定規のように伸び、硬直した。
「ごめんね、実はあまりにも間抜けすぎる理由だったから、恥ずかしくてなかなか言い出せなかったんだ。君がこんなにも心配してくれたっていうのに……僕はなんて馬鹿なんだろう」
出たよ、キラキラ輝く王子様スマイルが。
「でももう大丈夫だから、気にしないで──ね?」
女子は一瞬にして、魂が抜けたようだ。
「う、うんわかった。姫宮くんがそう言うなら」
「信じてくれてありがとう、うれしいよ」
ぽ~っとした顔で女子たちは去って行った。それを、姫宮はにっこり笑顔で見送った。
「ごめんね、橘くん。こんなことになるならちゃんと話しておけばよかったね」
ホントだよ。
「気持ち悪いしゃべり方すんな」
「助けてあげたっていうのに酷い言い草だな」
女子の姿が見えなくなった途端笑みをストンとかき消し、うざったそうに髪をかき上げた男をじとっと睨む。
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