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夏祭り──第46話
*
祭り自体はとても楽しかった。
隣接している公園や結婚式場も会場の一部なので、立ち並ぶ屋台もかなり多いので、周りがいがある。
綾瀬はしれっと射的が上手くて、的屋の兄ちゃんに「ニーチャンセンスいいな、俺らんとこくるか?」とか誘われてるし(「俺らんとこ」がどこなのかはわからなかった)。
風間は朗らかな笑顔のまま、しゅばばばばっと金魚を掬いまくってるし(縁日の金魚を「救済」して、自宅で長生きさせるのが趣味らしい)。
瀬戸は熱々のたこ焼きをバカみたいに頬張って火傷して、ラムネを5本くらいガブ飲みしてるし(道行く女子に声をかける余裕もなさそうだ)。
喉の奥にへばりついた苦い感情に呑み込まれないように、とにかく皆で、たくさん食べて、喋って、笑った。
遅めの青春をがむしゃらに満喫したことで、後半は憂鬱な気分も忘れてしまっていた。というか、それ以上のことを考えるのを放棄した。
それが一種の逃避であることには、気付かないまま。
そしてもう少し経てば花火が始まる、そんな時間。
行列の出来ている屋台に並んで戻る途中、境内の端っこで、溶け始めたカキ氷とは反対にカチンコチンにフリーズしている少年を見かけた。
足元にべちょっと落ちたカップは2つ。親の姿は見当たらない。
「おーい、どした?」
よいせっと屈んで声をかけると、少年が弾かれたように顔を上げ、俺の髪をびくりと凝視した。
慣れたものなので、にっと八重歯を見せて笑う。
「この色、すっげー目立つだろ? 夜でも光るんだぜ。ぴかっと」
「そうなの?」
「おーよ」
「うそだろ」
「うはは、バレたかぁ。何歳?」
「……じゅう」
「そかそか」
ずずっと鼻をすする姿に目を細める。10歳にしては小柄で、昔の俺みたいだ。このくらいの年齢なら、楽しいはずの夏祭りで落としてしまった甘いカキ氷は、ほんのりしょっぱい思い出になってしまいそうだ。
「母さんか父さんは?」
「友達と来た……家近く、だから」
「お小遣いはどんぐらい残ってんの?」
「110円。こっちには、ちょっと入ってるのに」
巾着に入っているスマホを恨めし気に見た少年に、ふは、と笑う。
「うーん、屋台でキャッシュレスはちょっとな」
目尻に溜まった少年の涙はウソではないだろう。ちらりとカラフルなのれんを見ると、ポップな字体で『カキ氷、壱個250圓』と記載されていた。
お使いを頼まれたものが、袋に突っ込める系の食べ物でよかった。
「落ちちまったの、何味と何味?」
「おれココアキャラメル、凛花 がラフランス紅茶……」
でた、ラフランス紅茶。
しかも女子と来たのか。これは「落ちちゃった」では済まされない、少年の沽券にかかわる緊急事態である。
「おまえも意外と変わり種だな……待ってろ」
悠真 と名乗った少年を見えやすい場所に移動させて、酔っぱらいが増えてきた屋台からカキ氷を2つ買い、ほら、と少年に渡す。
「もう落とすなよ?」
「でも、おにいちゃんのおかね……」
わかりやすく、どうしようどうしようみたいな顔をしている少年に、やっぱり溢れるのは気の抜けた笑みばかりだった。
俺がこのぐらいの年だったら、「さんきゅ~おじさん!」なんて躊躇なく奪い取って猛ダッシュで駆けて行っただろうに。
与えられる善意を、当然のものと受け取っていた少年時代はもう過ぎた。
「おまえ、いー大人になるな。凛花ちゃんとの花火、楽しめよ」
ぽんぽんと頭を撫でて促せば、ぷひ、と少年が変な顔で笑った。
「うん、ありがと……おにいちゃん、これあげる」
「へ? でも」
「もらって、お礼。ん」
「……じゃあもらうわ、ありがとな!」
「うん」
受け取った小さな水ヨーヨーを叩けば、ぱちゅんといい音がした。
そろそろと歩き始めた小さな影を見送る。
もう二度と落とさないという気概を感じる、あの調子なら大丈夫だろう。
ちょっと垂れていた鼻水は凛花ちゃんとやらが拭いてくれる……はずだ。たぶん。
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