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夏祭り──第45話
「えーっと、姫宮くん?」
「──へえ、おんぶか、へえ……それで来栖さんは橘くんのこと好きになっちゃったんだ、なるほど。それにしてもおんぶって、あはは──その程度で」
「え?」
「他にはなにかある?」
カランと、姫宮が下駄を鳴らして近づいてきた。
「ほかには、って?」
「もっと聞きたいなぁ、2人の話。さっきもカキ氷を食べ比べしてたよね。わた飴も半分こにしてたし、ラムネだって回し飲みしてた。橘くんが来栖さんのほっぺたについてた食べカスを拭ってあげたり……仲が良いんだね本当に」
「そ、そうだったんだ、ごめん私、よく見てなくて……」
「思い出せる範囲でいいから教えてくれる? 2人は休日も一緒に遊んだりするのかな」
「み、みんなとなら。個人的に2人でっていうのは、まだないんじゃないかな」
「まだ? まだってことは、今度遊ぶ可能性もあるって君は思ってるの?」
「……あ、あの」
なに。
「途中まで一緒に帰ったことも数回あったみたいだけど、橘くんが彼女を家に呼んだことってあるのかな? お互い名前で呼び合ってるみたいだけどそれっていつから? みんな橘くんのことは苗字で呼ぶのにどうしてだろうね。橘くんはこの前彼女の作ったお弁当を食べてたみたいだけどあれ以降同じようなことってあったのかな? 彼女は君の前で橘くんの惚気話とかするの? 笑ったとか優しくしてくれたとかそういう毒にも薬にもならない話? 彼女の今日のかんざしと帯が金色なの、絶対に橘くんを意識してのことだよね。違う? 違わないよね」
なに、急に。
まくし立てるようなそれに、圧倒される。
姫宮の、同じ角度で上がり続ける口角から目が逸らせない。
ここで初めて、疑問を抱いた。
──表情が一瞬たりとも変わらない人間なんて、本当にいるのかと。
じりじりと後退していくが、とん、木の幹が背中にぶつかって退路を断たれる。ぐわっと伸びて来た腕に囲まれて、硬直した。
木と、姫宮に挟まれる。
いわゆる壁ドンと呼べるであろうそれに、真っ先に感じたのはトキメキではなく恐怖だった。
姫宮の表情は変わらない。
まるで、粘土で固めた微笑みを顔中に貼り付けているみたいに。
「さっさと答えてくれないかなぁ。だって君、来栖さんの親友なんだよね?」
今、気付いた。
これは質問ではなく尋問だ。
叩きつけられる冷え切った視線は好意とは程遠く、むしろ敵意に近い気がする──誰に? 私? それとも橘? でも、この違和感はなんだろう。
「さっき僕に聞いたね。理性を本能がねじ伏せたらどうなるのって。答えは簡単だよ」
姫宮の黒い瞳が、彼の頭上に昇る刃物のような三日月と重なる。
「獣になるんだ」
明確に感じた殺意に、ぞわっと鳥肌が立った。
「あ……」
「橘くんは彼女のことが好きなのかなぁ。ねえ、君はどう思う?」
「あの……ひめ、ひめみやくんあの、ね」
「うん、なぁに?」
どこまでも柔らかな声色に、胸元で握りしめた巾着の鈴が震えた。
どうしても、確かめたいことがあった。
いや違う、これは確かめなければならないことだ。
「わ、私の名前って、覚えて、る?」
ちゃんと名乗ったはずなのに、さっきからずっと「君」としか呼ばれていない。
あれだけ上がり続けていた姫宮の口角が、ストンと落ちた。
(あ……)
ごくりと唾を飲む。どうやら自分はずっと、思い違いをしていたらしい。
(ちがう。この人、優しいんじゃない。私のことなんて、どうでもいいんだ)
夜空の闇と同系の眼差しに含まれる感情は、ゼロだ。プラスでもマイナスでもない。彼にとっての有意義な時間が、今の自分の一言で、一転して「無意味」になった。
それが、わかってしまった。
だってこの人。
人の形をした獣だ。
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夏のホラーです
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