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夏祭り──第44話

 * 「ごめんね姫宮くん、みんなとはぐれちゃって」 「ううん、かまわないよ。すっごく有意義な時間だし、夏祭りはよくはぐれるものだってさっき聞いたしね」 「あはは、それ誰から聞いたの?」 「うーん、誰だったかなぁ」  捺実は浮足立っていた。からんころんと、ベージュ色の下駄を鳴らす。キャンパスは違えど、隣を歩く「姫宮樹李」は有名人だ。  そんな彼が、今自分と夏祭りを満喫しているなんて。 (これってもしかすると、もしかするの、かなぁ) 『姫宮くんがね、捺実と話してみたいって』  なんて由奈にも言われたし。そわそわと期待が高まり、じっと上目遣いで熱い視線を送ってみる。  橙色の明かりが、全ての配置が完璧な美しい横顔を映し出す。  夏祭り会場にいる誰もが、彼に適う気がしない。 (本当に、綺麗な人……)  そう、綺麗なのだ。近くで見れば見るほど、肌のきめ細かさに見惚れてしまう。  夢のまた夢だけれども、こんな人と付き合えたらどれほど嬉しいだろう。  細身だけれども、浴衣が張り付く肩幅や胸囲の部分はガッチリとしていて、男性的だ。浴衣の袖から覗く手首も意外とゴツゴツとして見えるのに、長い指は白魚のような透明感があって女性的にも見える。  なんというか、非現実感溢れる美青年、みたいな。  艶のある黒髪がそう見せるのだろうか。もはやカッコいいとかイケメンを超越し、神聖ささえ滲む「美」がそこにはあった。  必死にメイクしている自分が、恥ずかしくなる。 「僕の顔に何かついてる?」 「ううん、なんでもないの。ただ姫宮くんがあんまりにも綺麗で」 「キレイ……?」 「うん、本当に友達の言ってた通りだったなぁって」  そんなことないよなんて返ってくると思ったのに、姫宮が急に押し黙ってしまった。  見れば、考え込むように目を伏せている。変なことを言ってしまっただろうか。 「ご、ごめんねっ、こんなの言われ慣れてるよね」 「ううん、違うんだ。ちょっと思い出したことがあって……昔ね、めちゃくちゃ性格悪いなって言われたことがあって」 「え、それ本当?」 「うん。ショックだったよ、心の底から」  びっくりした。誰だ、そんな嫌味ったらしいことを言う奴は。 「誰に言われたの? 友達?」 「うーん、友達には絶対なりたくなかった人、かな」  やけにきっぱりとした物言いは珍しいが、そんなことを言われたら誰でもそうなる。 「当たり前だよっ、酷いね、姫宮くんこんなに優しいのに」 「……そうかな」 「そうだよ! 優しすぎるくらいだよ、だから私、姫宮くんってαの人らしくないなって思ってて」 「αらしくない?」 「あっ、別に変な意味じゃなくてね? αってほら、もっとおっかないというか、力づくで人を支配してくるようなイメージがあるじゃない。傲慢っていうか」  今流行りのドラマもそうだ。正直言うと、ああいうのはあまり好きじゃない。 「でも姫宮くんは全然そんなことないもん。だからね、私……」 「──αらしいβらしいΩらしいってなんなんだろうね」 「え?」 「確かに、αは本能で動く生き物だ。だけど、その本能を抑えるために人には理性が備わってる。理性という名のブレーキがね。人の本質って、どちらを選ぶかで変わってくるのかもしれないね」 「どっちを選ぶか、って?」 「本能をねじ伏せる理性を取るか、理性をねじ伏せる本能を取るかっていう話だよ」 「……本能が理性をねじ伏せたら、どうなるの?」  一定だった姫宮のペースが乱れた。慌てて後を追う。  姫宮が足を止めたのは、境内から少し外れた雑木林の入り口付近だった。  人々の雑多な賑わいも、右の遠くの方でごにゃごにゃと鳴っている。横から膨れ上がってくる柔らかな橙と、鬱蒼と茂った黒の境に姫宮が立った。 「うん、ここなら邪魔は入らないね」 「え?」 「ちょっとね、君と二人きりで話したいことがあったんだ」 「話したい、こと?」  どうしてだろう。  さっきまでだったら二人きりだねなんて言われたら喜んでいたのに、少し怖気づいてしまう。 「うん、来栖さんのことで」 「由奈?」  しかし直ぐに拍子抜けした。少し距離をとってしまった自分が馬鹿らしくなる。 「君、来栖さんと仲がいいんだよね」 「う、うん。親友なの」 「みたいだね。いつからの知り合なの?」 「中2の時かな」 「そこそこ長いね。どういった経緯で?」 「え、っと、私、元々内気で、クラスに馴染めなくて……でも由奈が声かけてくれたの。一緒にお昼食べない? って」 「へえ。優しいんだね来栖さんって」 「う、うん、優しい子だよ、すっごく」 (あれ、もしかして姫宮くんが気になってるのって……) 「じゃあ、来栖さんと橘くんの関係ってわかる? 二人が出会った経緯とか」  ああ、と察した。橘とのことも気になるなんて、これはいよいよ確定だ。 (そう、だよね、漫画じゃあるまいし。私なんか姫宮くんが相手にするわけない、か)  浮足立っていた気持ちが、しおしおと萎んでいく。よくよく考えればわかることだった。姫宮が今日ここに来たのも由奈が誘ったからだ。  確かに由奈は可愛い、自分と同じでクラスでは地味な方だったけれど、明るくて正義感が強くて、由奈を嫌っている子なんて一人もいなかった。姫宮が気になるのもわかる。 (あれ、なら……橘が姫宮くんに変な対抗意識燃やしてる理由って、これ?)  好きな女性が被っているのなら、納得だ。 (でも姫宮くんが相手かぁ……無謀すぎるでしょ。橘、どんまい)  心の中で異性の友人に同情する。もちろん橘だって、普通にカッコ可愛い系の顔立ちだ。目がくりっと大きくて、十分……というかかなりイケメン枠に入るだろう。  でも、たとえそんな橘であっても勝ち目はないだろう。  なにしろ姫宮とはジャンルが違うのだ。高貴なペルシャ猫と庭駆けまわる柴犬くらい違う。 (でも由奈、橘に本気っぽいからなぁ。それに橘、遊んでそうな見た目だけど、いい奴だし)  大学構内でも、女子の先輩にナンパされているのを何度か見かけた。  正直に言うと、高校が一緒だったら絶対に関わることのなかった人種だ。でも、ぱっとみ軽そうな雰囲気なのに、彼女なんかいたことねぇよ、と、儚げに笑っていたのが印象的だった  まぁ、どこまで本当かはわからないけれど。 「えーっと、入学してからまだ間もない頃かな。大学に行く途中で由奈が具合悪くなっちゃって。たまたま通りかかった橘が助けてくれたみたい」 「そうなんだ、運命的な出会いだね……荷物でも持ってあげたのかな」 「荷物もだけど、階段が登れなくておんぶしてくれたんだって」  10秒ほど、姫宮が何も言わなくなった。

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