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夏祭り──第43話

「透愛、どうかしたの?」 「え? あっ……ああ! なんでもねぇよ、このカキ氷うまいな、何味?」 「ラフランス紅茶味だって」 「……そんなんあんの?」 「ねっ、私も初めて見たから買っちゃったの。海外で人気なんだって」  ついてるぞ、と、由奈の口の横のシロップを指で取ってやりながらも、内心ではもやもやとしたものが膨れ上がっていた。 (なんだよ、今の……邪魔すんなってか?)  汚らわしいものを見たとばかりの勢いで、逸らされた。  今のは明らかに意図的な無視だ。  ──夏祭り、楽しみにしてるって言ったのおまえのくせに。  どうしても目に入ってくる、姫宮の首のネックレスの輝きが目に痛くて、たまらず下を向く。  下駄を履いた自分の足の爪の形の良さが目に入って、目頭がぎゅうっと絞られるように熱くなってきた。  昨日は、なかなか寝付けなかった。  だから伸びていた爪を切って、やすりで整えてみた。  お下がりの浴衣だってちゃんと自分でアイロンがけをして、シワがつかないように部屋にかけておいた。  最近ネットで評判のシェービングクリームを買って、念入りに髭を剃ってみた。  元々体毛は薄いほうだが、男なのでそりゃ生える。  けれどもこのクリームのおかげで、顎はいつも以上につるつるだ。  髪だって、どの角度から見ても様になるよう時間をかけてセットした。  歯だって、歯間ブラシも使ってぴっかぴかに磨いた。それこそ歯茎から少し血が出てしまうぐらい。  それなのに……いや、なのにってなんだ。 (なに考えてんだか。好きなやつ作れって言ったの俺の方じゃん)  そうだ。あの2人がいい雰囲気になるのは願ったり叶ったりなのだ。  いいこと、なのだ。  姫宮だって骨ばった身体付きの男よりも、ふわふわとした可愛い女の子の方がいいに決まってる。  今の俺は、女性的な可愛らしさとは程遠い体つきなのだから。 『僕の、可愛い透愛』    もう姫宮は俺のことを、可愛いとは思っていないのだろうから。 『よりにもよって卑しいΩを襲うとはな』  7年前の記憶が、胃に落ちた甘ったるい水と共に、冷たく揺れた。 『おまえの軽率な行動のせいで、将来的にΩの男を身内に迎えることになったんだぞ。全く……これが外に漏れればとんだスキャンダルだ。ヒートに当てられたとは言え、おまえは一体何を考えてるんだ?』  病院の廊下で姫宮親子の会話を聞いてしまった時、さほど驚きはしなかった。  息子が申し訳ありませんと軽く頭を下げた義隆の顔に、謝罪の感情などは一切浮かんでいないように見えたから。  顔立ちは似ていないが(姫宮は母親似らしい)、姫宮が大人になったらこういう男になるのかなと思うような雰囲気の、父親だった。  もちろん、あの頃の姫宮の父親は……だが。 『それとも、これは私に対する当て付けか? 樹李』  でも俺は、面倒なことに巻き込まれたとばかりに髪をかきあげた義隆よりも。 『──当てつけ?』  姫宮の返答を聞く方が恐ろしくて、急いでその場から逃げ、病室の硬いベッドに潜り込んだ。 「透愛、行くよ?」 「おー……」  姫宮はあの時、なんて答えたんだろう。  数日前まで薄っすらと残っていた手首の赤みは、もうすっかり消えてしまっていた。

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