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夏祭り──第42話

「なんだよ~橘、まだ姫宮のこと毛嫌いしてんのか? おっまぇしつけぇぞ!」 「い、いや、睨んでねぇし、毛嫌いとかじゃ」 「はいうそ。この前女子軍団にイジメられて小鹿みたいにか弱くプルプル震えてたところを助けてもらったんだろ。少しは苦手意識克服したら?」 「そーだそーだ!」 「いやだから、苦手とかそんなんじゃねぇってば……」  しどろもどろになってしまう。  本当にそんなんじゃないのだ。ただどんな顔をすればいいのかわからなかっただけで。  姫宮の浴衣は、紺色の布地に、流水紋と雲の柄、金色の刺繍が入った帯締めだ。  腰の位置が高くスタイルがいいので、全体的にスラっとしていて清涼感がある。  ばっしばしのまつ毛と高い鼻筋が目立ち、綺麗に切り揃えられた前髪からは今にも水がしたたりそうと言うか、なんというか。  道行く人々も、恋人そっちのけでチラチラと姫宮を盗み見ている。きゃーっと黄色い声を上げて姫宮にスマホを向けている集団もいる。  盗撮はダメだと思うが気持ちはわかる。  だってそれぐらい、姫宮の浴衣姿は様になっていて、カッコよくて──って、いやいや、なにを考えているんだ俺は。  ぶんぶんと首を振れば、「どうした、寒いのかぁ?」と風間にのんびりと心配された。「だ、大丈夫」と狼狽えつつ、人の見えないところで深呼吸をする。 (落ち着け、俺、平常心だ、へーじょーしん……)  ぺちんと頬を軽く叩く。  情緒的な夏祭りの雰囲気に、俺の頭もやられてしまったらしい。  * 「じゃあみんな集まったことだし、そろそろ回ろっか!」  明るい掛け声と共に、屋台が立ち並ぶ石畳へと大人数でぞろぞろ進んでいく。 「ねぇ透愛、この浴衣どうかな。変じゃない?」 「あーまぁ、いーんじゃね?」 「もお、なにその言い方っ」 「うそうそ、じょーだんだって。すっげー似合ってるよ、可愛い」  姫宮も、似合ってた。 「ホント? へへ、この浴衣ね、お姉ちゃんのお下がりなんだけど、帯とかんざしは自分で選んだんだよ」  ウッキウキな由奈にああとかうんとか適当に相槌を打ちつつ、意識だけは前方へ。  姫宮の隣にいるのは、由奈の親友の捺実だ。  そういえばあいつ、捺実と話したがってたな。  でもあの二人、どんどん離れていってないか? 「なぁ、もうちょい前にいかねぇ? ほら、あいつらはぐれちまうんじゃ」 「にぶすぎ」 「いてっ」  べしりと綾瀬に頭を叩かれる。女子にも鈍感~なんて小突かれながら笑われた。 「な、なんだよ」 「透愛お願い、協力してっ、実は捺実ね、姫宮くんのこと気になってるみたいなの。だからあの二人はあのまま先に行かせてあげて、ね?」 「──え」  両手を合わせて「お願い」のポーズをとる由奈に、固まってしまった。 「行かせてあげてって、でもあいつは、お……」  はたと止まる。俺の、なんだ。  俺たちは番で、夫婦で、けれども恋人じゃない。ビジネス不仲、ってやつでもない。ビジネス関係なく不仲だ。セフレ……でもないし、そもそもダチですらない。  俺はあいつの、何者でもない。  前を歩く姫宮は、俺のことなど全く意識していない。楽しそうに捺実と談笑している。  しかも人混みを避けて、さりげなく彼女の肩を引き寄せてやったりもしている。  捺実は華奢で、栗色の髪は真っすぐストレートで、そこはかとなく品が漂っているような子だ。由奈とちょっと雰囲気が似ていて、2人が親友というのも頷ける。  背の高い美青年と、背の低い可愛らしい女性が並んでいる図は、かなり絵になっていた。  俺があいつの隣に立っても、ああはならないだろう。 「なーんだよ橘、姫宮キライだからって二人の仲邪魔してやろうって~?」 「なんでそうなるんだよっ、ち、違ぇよ」  ただ──ただ。 「透愛、どうしたの?」 「あー……いや、なんでもねぇや。悪ィ、気づかなくて。うん、俺らは俺らで回ろうぜ!」  皆のノリに合わせつつへらっと笑って、どんどん離れていく2人の背中からなんとか視線を外す。  それだけで、疲れた。 「にしても捺実のやつデレデレだな~、姫宮もまんざらじゃなさそうだし」 「ね、お似合いだよね、これはもしかしてカップル成立しちゃうんじゃない?」 「捺実と話してみたいって姫宮くん言ってたんでしょ?」 「そうそう」  瀬戸の言う通り、捺実に微笑みかける姫宮もまんざらじゃなさそうだ。  食べ比べしよ? と隣の誰かから差し出されたプラスチックのスプーンをぼんやりと口内に招き入れる。  すると突然、姫宮が振り向いた。  驚く。 (あ……姫宮と目ぇ、あっ──)  響き渡る太鼓の音に負けないくらい、胸が震えた。  頬の内側が熱くなり、舌の上にいたカキ氷が一瞬で溶けたその時──思い切り、目を逸らされた。 「……は?」

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