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狼の群れ──第50話

   どうする、どうする。  どうやってこの場を乗り切る。どうやって── 「……ん?」 「どしたん?」 「なーんか、匂いしねぇ?」  びくりと、肩が大げさに震えてしまった。無意識だった。 「この匂い……は? 待て待て」  一人の男の視線が俺に定まった。それを皮切りに、次々と男共の視線が突き刺さってくる。  右側にいる男の目が、弓なりに細くなった。 「あれ──あれあれ、あれぇ?」  ぐっと首のあたりに鼻を近づけられても、押さえつけられているためのけ反ることしかできない。しかしそのせいで、より一層香しい匂いが広範囲に広がってしまった。  自分自身でもわかるぐらいに。  男たちの、じろじろと値踏みするような視線が痛い。  数秒、俺の周りに静寂が広がる。 「透愛っ」  突然、横から飛んできた悲鳴に舌打ちした。 「バカっ、こっちくんな!」  俺の腹からの怒声に、こっちに駆け寄ろうとしていた由奈の足がぴたりと止まる。声を出しただけで、くらりとしかける。「おっと」と、俺の後ろ回ってきた男に支えられた。 「なになに、あの子可愛いじゃん」 「彼女? いいね、あの子で遊んじゃう?」 「っざけんな、やめろ……由奈、走れ!」  唾を吐く勢いで怒鳴り、由奈の方へと向かおうとしていた数人を止めようとする。「ひ」と由奈が青ざめ、首を振って後退った。 「お~い待てって、あの子よりもこっちのほうがおもろいわ」  一人の男が残りの奴らに声をかけて制止した。  そして由奈や子どもたちには見えないような体制で、臀部から腰にかけてを撫でまわしてきた。 「……っ、ぅ」 「なるほどね、オニイサン彼女さんにカッコイイとこ見せたかったんだぁ。でもさ」  目の前の男が、俺の顎に手をかけてそっと耳打ちしてきた。 「Ωのくせに彼女持ちは、ちょっと調子乗りじゃない……?」  ──クソッ、バレた。  当たり前だ。こんなに大勢のαに囲まれているのだから。  それに、Ωは恐怖が極限まで達するとヒート時と似たような香りを放つことがある。  Ωとしての防衛本能だ。  僕はΩです。か弱いか弱いΩです。貴方たちには逆らいません。だから酷くしないでください優しくしてくださいと、身体が乞う。  気持ちよくしてくださいと、子宮から蜜を零し、濡らし、請う。 「うわ~濃くなった。ガチじゃん。へ~みえないけどねぇ」 「どこでやる?」 「あっちは人気なし」 「お、いいね……そこの彼女~」  男たちがニヤリと笑い、由奈に向かってちょいちょいと悠真たちを指さした。 「このガキ連れてってよ。逃がしてあげるから」 「……え?」 「その代わり、オネエサンの彼氏くんちょっと貸してね。お話ししたいことあるからさぁ」  狼狽える由奈に、彼らの声が聞こえてないことだけは、幸いだった。 「……逃げんなよ? 逃げる素振りちょっとでも見せたら、あそこの可愛い彼女さんに、オニイサンの代わりしてもらうから」  ぼそぼそと囁かれて、汗が、額から滲み出る。  ぎゅっと目をつぶり、意を決して開く。 「由奈。こいつらのこと頼むわ」  由奈に顔だけを向けて、悠真を顎で指す。 「と、とあ、でも」 「大丈夫だって、ちょっと話してくるだけだから。この馬鹿どもにお灸据えてくるわ」  心配させないように、へらっと笑みを浮かべて見せる。   「おーおー、言うねぇ」 「悠真、そういうことだから」 「おにい、ちゃん」 「凛花ちゃん連れて、会場戻って由奈とおとなしく待っとけよ?」  凛花を抱きしめ、震えながら俺を見上げる悠真に二ッと歯を見せてやり、男たちに促されて歩き始める。  これはチャンスでもある。今のところ、こいつらを悠真たちから引き離す方法はこれしかない。  足がガクガクと震えて縺れかけた。その都度、四方を取り囲む男たちに持ち上げるように支えられる。ガッチリと身体が固定されているので、途中で逃げ出すことはできないかもしれない。  けれどもなるべく来た道を忘れないようにと、周囲に注意を向け続ける。 「へえ、この状態で逃げる算段? Ωにしては気概あるじゃん。いいね~強気な子って好みだよ」 「……っ」  男の一人に帯の隙間に指を突っ込まれ、弄ぶようにくいと引っ張られた。 「どんな声で鳴くんだろうね、とあちゃん?」

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