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狼の群れ──第51話

 *  ぶぶっと、巾着の中でスマホが震えた。見ればメッセージが何通か届いていて、慌てて画面に表示されたアイコンをタップする。 「ご、ごめん瀬戸っ、気付かなくて……え? うん、今姫宮くんと一緒にいるけど──えっ」  耳を疑う話に、指先から一気に血の気が引いた。 「ちょっと待ってて! ひ、姫宮くん!」 「どうしたの?」  姫宮の表情は元に戻っていた。見慣れた友好的な笑みに、今はホッとする。 「あ、あのね、落ち着いて聞いてね」 「うん」 「ゆ、由奈が、暴漢に襲われたんだって……!」 「へえ、そうなんだ」  ぽかんとする。決死の思いで告げたセリフを、へぇそうなんだの一言で済まされるとは思っていなかった。  確かに落ち着いて聞いて欲しいとは言ったけれども、あんなに根ほり葉ほり由奈と橘の仲を聞いてきたくせに。 「──ああ、大丈夫かな来栖さん。心配だね?」  いや、今更そんな「心配してます」みたいな顔をされましても。  たぶん唖然とする捺実に気付いて取り繕ったのだろうが……露骨すぎる。  瀬戸の『おい!』という声に、はっと通話中だったことを思い出した。 「ごめん、取り乱しちゃって、え、本当!? そか、由奈は大丈夫なのね……で、橘はどういう状況なの? うん、うん──きゃっ」  ガチャンと、手からスマホが滑り落ちた。  ぎりぎりと軋む手首の向こうに、大きく見開かれた切れ長の黒目があった。 「橘がなに」 「え」 「橘がどうした」 「姫宮、くん?」 「橘がどうしたって聞いてるんだ」  姫宮の表情からは、肌がひりつくような切迫感を感じる。容赦なく腕を掴まれてかかとが浮いた。  鼻緒が指の間に食い込んで、痛い。 「い、痛いよっ、姫──」 「うるさい。さっさと答えろ、橘は」  おまえの痛みなんぞどうでもいいとばかりに吐き捨てられ、愕然とする。  なんだ、急に。 「く、わしくはわかんない、んだけど……橘が連れていかれたって、言」 「──会場のどこで!」 「っ……じ、神社の反対側でもめてるみたい!」  ばっと腕を振り払われて、よろめく。  浴衣の裾を乱して、嵐のように走り去っていった背中を呆然と見送る。『大丈夫か!?』と下から心配してくる瀬戸に、「な、なんでもない、今行く」とだけ伝え、震えながら通話を切る。  へなへなと、今になって腰が抜けた。 「なん……なの、あれ」  どうしてあんなに急に、人が変わったみたいに焦りだしたのか。  しかも、由奈が想いを寄せる橘を呼び捨てにするほど。 (あ、れ?)  はたと、止まる。 『橘くんは彼女のことが好きなのかなぁ。ねえ、君はどう思う?』 (……普通、逆じゃない?)  そうだ、感じていた違和感はこれだ。  普通、彼が由奈を好きなのであれば、に好意を抱いているのかを気にするはずだ。  もしも、もしも彼が想いを寄せている相手がそうではないのだとしたら……ぶるりと、体の芯まで震えた。  なら、姫宮が敵意を向けている相手は。  彼が苛烈なまでの殺意を、抱いている相手は。 「由奈……」  呆然とへたり込んだまま、捺実はただただ親友を憐れんだ。  ────────────────  短い更新ですみません。夜の更新は3話の予定です。

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