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狼の群れ──第55話
突如として木に身体を打ち付けて崩れた仲間に、全員がぽかんと口を開き固まった。
「ぐ、ぅ……が、は」
涎を垂らし、腹を抱え込んで毛虫のようにのたうち回る男を、美しい青年は冷めきった目で一瞥した。次いで、俺に視線を向けてくる。
股をおっぴろげたあられもない恰好の俺に、彼の眉が少しだけ動く。
珍しく、人前だというのに笑っていない。
「え、誰、だ──」
次に青年は、俺にスマホを向けていた男の腕を捻り上げると、そのまま関節を放り投げるように折り曲げた……曲がってはいけない方向に。
パキャ、と乾いた音が静寂に響いた。
「──ぎゃ」
しかも連続して、右腕だけではなく左手も同じように。
たった数秒の出来事だった。男は成すがまま、その場に崩れ落ちた。
折れたのかはたまた痺れているだけか、どちらかはわからないが、男は両腕を地面に投げ出し、苦悶の表情を浮かべながら背中を丸めて、痙攣している。
俺を押さえ付けていた男たちの手も、怯えるようにそろそろと離れていった。
月明かりの逆光となって顔が見えなかったのだろう。
一人の男がふと青年を仰ぎ見て、「は?」と驚きの声を上げた。
「姫宮……先輩?」
これには俺の方が驚いた。知り合いだったのか。
「ああ、やっぱり君たちか。偶然だね、こんばんは」
「え、あ、え」
「こんなところで会えるなんて驚いたなぁ。卒業式以来だね、西園寺くん、金子くん、早乙女くん……北条くん。みんな見慣れない恰好だね、まるで聖稜高校の生徒さんじゃないみたいだ」
しかも高校時代の後輩か。こんだけαが揃っていりゃ納得だ。
けれどもαご用達の聖稜高校と言ったら、紺を基調とした上品な制服が有名で、お嬢様とお坊ちゃましかいないことで名門高校だ。
こんなみるからに地元の不良です! みたいな恰好をした奴らとは到底結び付かない。
「なん、で、姫宮先輩がここ、に……ひっ」
姫宮は、今度は俺の首を舐めた男の首を、わし掴みにするよう捻り上げた。
男はよろめきながら立ち上がり、姫宮の手を外そうともがく。しかし、姫宮の手は離れない。大の男の首を、細い片手一つでとは。
しかも男の首はミシミシと音を立てて、今にも潰されそうである。
足裏は地についているが、これは相当の苦痛だろう。
「ひ──姫、宮せんぱ……っく、ぐる、し、で……す」
「うんそうだろうね、苦しくしているからね」
「……っ」
男が、唖然とした顔で姫宮を見上げた。驚愕に目を見開いているということは、高校時代の姫宮は、今大学内にいる彼と同じように外面の塊だったのかもしれない。
俺は姫宮のこういうところを知っているが、何も知らない人間が見れば恐怖でしかないだろう。
常に笑顔を絶やさず、面倒見もよく優しかったはずの先輩が、こんな風に豹変すれば。
「ねぇ、もう一度聞くよ。僕のも……」
姫宮の声が、不自然に途切れた。
「僕の、大事なお友達に何をしようとしていたの?」
「ともだ、ち……友達!? え!?」
露骨に、腰を抜かしている方の男に驚かれた。
姫宮がようやくにこりと笑ったことで、全員の顔から一気に血の気が引く。
なまじ顔が整い過ぎているために、その微笑はうすら寒い。
「理由を聞いてもいいかな。どうしてこの人はこんな格好をしているの? 君たちはこの人に何をしたの? 何をしようとしたの? ねえ、金子くん」
「……か」
「聞こえなかった?」
ぐんっと、姫宮が金子の首を引き寄せた。
「……ぁ、あ、ぐッ」
「今、僕は、君に、理由を聞いているんだよ? まだお喋りはできるだろう? そんなに力は入れてないはずなんだけどな。声はでない?」
「で、な……で、す」
「はは、出てるじゃないか。どうして嘘つくの?」
「……ぐ」
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