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落ちた花火──第63話

「おまえに、わかるかよ、俺の、気持ちが……」  八つ当たりだとわかっていても止まらなかった。  ただ普通に生きているだけなのに、なんでΩってだけであんな目に合わなきゃなんねぇんだよ。  理不尽だって、俺の7年分の思いが、叫ぶ。 「おまえだって、俺みてぇな奴みっともねぇって思ってんだろ……」  裸にされて組み敷かれていた情けない姿を、他でもない姫宮に見られてしまったという事実も、辛かった。  ぎゅっと自分の胸を掴む。浴衣がシワになるほど強く。それでも胸が苦しかった。  そうか、今わかった。  俺は他でもない姫宮に、幻滅されたくなかったんだ。  姫宮以外の男どもに良いようにされかけて、あちこちに唾をつけられて汚くなった身体に。  触れられたくなかったんだ。  出来れば今すぐこの身を、姫宮の見えないどこかへ隠してしまいたい。 「俺みたいなのが番だなんて、最悪だって……!!」  ふいに、身体を支えてくれていた手が離れてよろめいた。転びかけた瞬間ぐいっと両腕を捕らえられ、近くの大きな杉の木にドン……っと背中ごと押し付けられた。  不穏に煌めいた瞳が、間近に迫ってくる。  近すぎて姫宮の顔の輪郭が捉えられなくなり、彼との距離がゼロになった。 「な──っ、ん」  噛みつくようなキスに目を見開く。  なんで、どうして。今は別にセックスの最中ってわけでもないのに。 「ンッ……ん、ふ、ぅ……」  強く両腕を押さえ付けられ、唇を貪られる。  普段の丁寧で優しい動きとは程遠い、強引で激しい口づけだった。  姫宮の唇は渇いていた。何度も角度を変えながら押し付けられる唇に、ついに口を開く。間髪を入れず歯列を割り裂かれ、侵入してきた舌の熱に戸惑った。 「……ん、ン」 (こいつ、口ン中、あっちィ……)  そこまで長い時間ではなかったのかもしれない。けれど口内はあらかた舐め尽くされてしまった。  鬼気迫るような口づけが、ようやく終わった。  唇が離れ、互いの間を繋ぐ透明な糸が切れて、顎に垂れた。   「は、はぁ……なん、だよ」  酸欠のあまり視界が滲み、揺れる。  姫宮は今どんな顔をしているのだろうか。よく見えない。   「慰めのつもり、かよ……」 「──慰め?」  姫宮が、とんと俺の肩に頭を乗せてきた。  これじゃあ顔が見られない。 「君は何もわかっていない。僕が……」  声がくぐもっていてよく聞こえない。冷たい鼻先が首筋に当たって、くすぐったかった。 「僕が、どれだけ……」  姫宮は俺の肩に顔を埋めたまま押し黙ってしまった。  そして声の代わりに、ギリッと歯を強く食いしばる音が聞こえた。 「ひめみや? おい、重いって──うぉっ」  がばっと顔を上げた姫宮が勢いよく身を翻した。  片腕を強引に引っ張られて、カツカツと不規則に下駄が鳴った。 「ちょ、ちょっと待て! どこ行くんだよ……いた……っ」  ぐいぐいと大股で歩かされたため、最終的に見事につんのめり姫宮にぶつかる。  彼の肩に手を置いて、びいんと痺れた足首の痛みをやり過ごす。 「いたいって! そんな早く歩けねぇんだってば……」  体半分だけ振り向いた姫宮は、そのまま俺の足をじっと見下ろして唇を引き結んだ。  明らかに様子がおかしい。  既に手首にはさほど力は込められていないというのに、彼の手を振りほどくことができない。 「ど、うした? ん……」    伸びてきた反対側の手。  口の端から垂れていた涎を、小指の背でぐいと拭われる。  突然のことだったので目をつぶってしまった。  こういう不意打ちには慣れない。  目を開ける。何を考えているのか、姫宮の無機質な表情からは何も読み取れない。  ふと、先ほどまでの激しさが嘘のように、手首から姫宮の手が滑るように離れていった。えっと驚いていると、さらに目を疑う光景に「は?」と口を開けた。  姫宮が俺に背を向けたのだ。いや、それだけなら何も問題はないのだが。 「……なにしてんの?」  姫宮はただ背を向けただけじゃなかった。  彼の頭が、随分と低い位置にある。  しゃがみ込んだ姫宮が背を丸めて、両手を後ろに回していた。 「乗れ」  これはいわゆる、おんぶのポーズと呼ばれるもので。  ……いや、乗れって。

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