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落ちた花火──第65話
「そういや帝東大、無理とかいってたな」
「彼らの学力じゃ地球が逆立ちしても無理だろうな」
手厳しい。
「でもなまじいい高校に入ってしまったから、親の期待を一身に背負っているから、校内ではそこそこの順位だから諦めきれないんだろう。いっそのこと捨て去りたいのに捨てられないんだ。欠片でもいい、残りカスでもいい。少しでも希望があるならと縋り付いてしまう……その気持ちはわからないでもない」
「おまえも、なんかに縋り付きたかったの……?」
「現在進行形でね」
「そ、そっか……」
完全無欠の男に見えて、姫宮にもいろいろあるのだろう。
親の期待に応えられないのではないかという不安、重圧からくる焦り。
7年前、姫宮はそんなことで俺に怒りをあらわにした。
『僕が? はは、笑わせるなよ。会社の跡を継ぐ者として僕にはやるべきことが山ほどある。この一瞬をただ楽しく生きていればいいみたいな能天気な君とは違う!』
俺はこんなんだけど、透貴が自慢できる弟になれてんのかな。
小さい頃、俺の世界は透貴だけで回っていた。
でも、今は。
姫宮の方に添えた手に、力を込める。
「彼らも高校では、だいぶ猫をかぶっていた。まるで僕みたいにね」
「おまえとあいつらは、違うだろ」
「違わないさ」
「違うだろ! だっておまえ……無関係の他人に八つ当たりするような人間じゃねぇだろ」
「……君は昔からそうだな。他者を庇う」
「え?」
「小学校の頃、同級生を庇って蛇に噛まれたことがあっただろう」
「蛇? あ、あぁ……あったな」
直ぐに記憶は辿れた。
確か校外学習で起きた事件だった気がする。なんて名前の子だっけ。ああそうだ、思い出した。
「太田だ、太田。太田春政……なつかしいな」
ジャンプが得意で、初代校長の像のハゲ頭まで手が届いていた奴だ。
恐怖のあまり漏らしてしまった太田の腰に、服を脱いで巻いてやったんだっけ。
「クラスで馴染めない子に声をかけたり、同級生に、自分の傘を貸して雨の中を走って帰ったり、困ってるご老人の荷物を持って、家まで送り届けたり」
「なんだよ、よく覚えてんな」
「忘れるわけがない。あげてもあげてもキリがないな君の少年漫画の主人公みたいなお人好しエピソードは。今日のこともしかり、馬鹿の一つ覚えみたいによくもまぁ繰り返せるものだよね。他人が抱え切れずに溢してしまった感情を拾う癖、そろそろ直せよ」
……褒められてんのか貶されてんのかわかんねぇな。
「オオタ、ハルマサか。全く聞き覚えがないな。それなのに君は、きちんと名前だって覚えているんだものね……僕と違って。これまで出会った人の名前と顔も全員、君の頭の中に入っているんだろうな」
「お前だってそうじゃん。さっきのカス野郎共だって、学校ではそこそこの付き合いしてたんじゃねェの。人の名前覚えるの苦手なおまえがちゃんと覚えてたぐらいだし」
「別に、苦手なわけじゃない」
「いや苦手だろーが」
それは断固として否定できる。
「おまえ、今日一緒に遊んだみんなの名前言える?」
「……」
「ほらみろ」
「違う。苦手じゃない。ただ、必要ないと僕の脳が判断しているだけだ」
「はぁ?」
「経験則から必要なものと不必要なものを選択して、偶然彼らの名前が前者にカテゴライズされていただけにすぎないってことだよ。僕が脳内に留めておいたのは教員を除いた全校生徒1235人のうち212人だ。しかもその中の4人だからな、実際顔を見るまで存在していたことさえ忘れていたよ」
「え……と?」
「不要な知識は詰め込むこと自体が無駄だ。高校時代はそれなりに親交もあったし家柄的にも利用価値があったんだよ。名前を呼んで特別扱いをすることでそれなりの利点もあったからね」
(????)
「他者からの評価というものは未来の自分に繋がる」
「……わっかんねぇ」
ちんぷんかんぷんだ。
「だろうな。最も、もう記憶に残す価値もないからね。明日には破棄するよ」
「破棄って、なにを……?」
「彼らの名前を、記憶から」
唖然とした。
「それ、は、やろうと思ってできんのか……?」
「君はできないの?」
「当たり前だろ!」
「ふうん」
なんだか頭が痛くなってきた。やっぱりコイツとは頭の構造が違いすぎる。
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