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落ちた花火──第72話*
「むしろ運が、悪かったよな、俺たち。あの時、俺がヒートになんなければ……おまえが教室に来なければ、こんな関係にもならずに済んだのにな……」
もう限界だって、姫宮にこんな苦しそうな顔、させずに済んだのに。
「ああ──ああ。その通りだね。運が悪かったんだよ、君は。可哀想にね橘。僕なんかに……」
「……う、ァ」
両足を抱え直された。入ってくる。
入ってくる、奥まで。
それなのに、今、姫宮と体を繋げているのは俺なのに、姫宮の中には別の人間がいる。
俺はいない。
その事実に、どうしてこんなにも心臓が、槍で一突きされたみたいに痛むんだろう。
「あっ……う、ぁ、待っ、て、いきなりっ」
もうこの話は終いだとばかりに、姫宮が再び俺の上で揺れ始める。
「僕らの関係は、過ちで……間違いだ」
目の前が揺れる。視界が揺れる。姫宮が揺れる。
「僕は──間違ったんだ」
「あ、ぁ……っ、ぁあ、ん、あん、ァ」
「戻りたいよ、あの頃に」
一番感じるところを抉られて、身体が丸まる。
必死に垂れてくる黒い滝のような髪を掴もうとするけれど、さらさらで指にまったく絡んでくれない。
どんなに頑張って指を伸ばしても、するっと滑り落ちてしまう。
縋り付けない。
姫宮に触れない。
触れられ、ねぇって。
「ひめみっ……、やぁ……ン……ぅ、ん」
昔みたいに長い方が、頬を優しく撫でてくれて好きだったのに。
今はちょうど目に入ってきて、チクチクする。
今、誰よりも近くにいるはずの姫宮がこんなにも遠い。
花火の破裂音と下から突き上げてくるリズムが重なり始め、さらに遠くなる。
「あ、ァ、っあ……っ、ぁあ、ひ、んぅ」
遠い……遠い。姫宮がどこまでも、遠い。
(なに、やってんだろ、おれ。由奈に告られたっつーのに、速攻で姫宮とヤッて。こいつ俺のこと嫌いなのに、好きなやつちゃんといんのに……それなのに俺は、女みてーにアンアン喘いで、腰、ふって……神社の、中で)
「ん……ち、あた、る」
「なに」
「バチ、あたん……な、俺ら……こんなばしょ、で……」
「罰ならもう当たってるだろ」
首の後ろの、うなじの辺りに手を差し込まれて、襟足ごとぎゅうと掴まれて。
「こんなものが、あるから」
過ち。間違い。そして番の証でさえ「こんなもの」呼ばわりされてしまったら。
もうどうにも、ならないじゃないか。
「っ……、あ、ぅ」
本格的な律動に足が肩からずり落ちて、ゴムのような何かに踵が当たった。べちゃりと濡れた感覚。視界の隅に正体が映る。
あ、悠真からもらった水ヨーヨー、割れた。
水が。
雨が。
嵐が。
あの日は嵐だった──姫宮、おまえの中の嵐はどこにいった。あんなに激しく求めてくれたのに、あの嵐はもう過ぎ去った過去なのか。もう消えてしまったのか。
再び足を抱えあげられる。ぐちゃぐちゃと音を立てて、姫宮の肩の向こうで揺れる俺の足は素足のままだ。
あの日は靴下を履きっぱなしだった。
俺の靴下を脱がす余裕が、姫宮にはなかった。
それほどまでに、俺を激しく求めてくれた。
それなのに夏の夜の風は、もうおまえの髪を乱してもくれない。
全部が全部、7年前の夏とは大違いだ。
それでも、姫宮は俺を見捨てられない。過去の罪にこいつは一生縛られ続ける。今日だって、怪我をした俺を放っておけず、優先して一緒に帰ってくれた。
だったら俺がこの男にしてやれることは、1つなのだろう。
もういいよと、思う。
おまえはおまえで、好きにしていいよって。
もう自由に、なってほしいって。
「ぁ、ぁああ──、は……ッ」
姫宮よりも先に果てる。珍しくタイミングが合わなかった。数秒後に、たったゴム一枚を隔てて、吐き出される姫宮の熱。
びくびくと腹の中で収縮する姫宮の一部に、後孔を絞めてぎゅうぎゅうに食らいつく。
足りない……こんなの足りない。
くそ、子どもが欲しいとか言ってたくせに、きっちり避妊具、持ち歩きやがって。
口にできない惨めな想いは全て、喘ぎ声の名残にとってかわって。
「……ん、く、ぅ……ッ」
互いに、荒い息を吐く。
脱力した体が圧し掛かってきた。喉を鳴らして姫宮の重みを享受しながら、心の中で吐き捨てる。
こんなことなら爪切んなきゃよかった。
こいつの背中に、思いっきり爪立ててやりてぇ。
「──とあ」
姫宮が小さな声で何か言ったけれど、その囁きは、最後の足掻きとばかりに咲き乱れた花火によってかき消され、聞こえなかった。
灰色の燃え殻となった花びらが、地面に落ちる。
花火が、終わった。
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これにて夏祭り編終了です。
重なりかけて、また離れてしまいました。
ここまでお読みくださって有難うございます。
更新の励みになっております。
次の章は「着火編(仮)」となります。引き続きよろしくお願いいたします。
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