72 / 227

落ちた花火──第72話*

「むしろ運が、悪かったよな、俺たち。あの時、俺がヒートになんなければ……おまえが教室に来なければ、こんな関係にもならずに済んだのにな……」  もう限界だって、姫宮にこんな苦しそうな顔、させずに済んだのに。 「ああ──ああ。その通りだね。運が悪かったんだよ、君は。可哀想にね橘。僕なんかに……」 「……う、ァ」  両足を抱え直された。入ってくる。  入ってくる、奥まで。  それなのに、今、姫宮と体を繋げているのは俺なのに、姫宮の中には別の人間がいる。  俺はいない。  その事実に、どうしてこんなにも心臓が、槍で一突きされたみたいに痛むんだろう。 「あっ……う、ぁ、待っ、て、いきなりっ」  もうこの話は終いだとばかりに、姫宮が再び俺の上で揺れ始める。 「僕らの関係は、過ちで……間違いだ」  目の前が揺れる。視界が揺れる。姫宮が揺れる。 「僕は──間違ったんだ」 「あ、ぁ……っ、ぁあ、ん、あん、ァ」 「戻りたいよ、あの頃に」  一番感じるところを抉られて、身体が丸まる。  必死に垂れてくる黒い滝のような髪を掴もうとするけれど、さらさらで指にまったく絡んでくれない。  どんなに頑張って指を伸ばしても、するっと滑り落ちてしまう。  縋り付けない。  姫宮に触れない。  触れられ、ねぇって。 「ひめみっ……、やぁ……ン……ぅ、ん」  昔みたいに長い方が、頬を優しく撫でてくれて好きだったのに。  今はちょうど目に入ってきて、チクチクする。  今、誰よりも近くにいるはずの姫宮がこんなにも遠い。  花火の破裂音と下から突き上げてくるリズムが重なり始め、さらに遠くなる。 「あ、ァ、っあ……っ、ぁあ、ひ、んぅ」  遠い……遠い。姫宮がどこまでも、遠い。 (なに、やってんだろ、おれ。由奈に告られたっつーのに、速攻で姫宮とヤッて。こいつ俺のこと嫌いなのに、好きなやつちゃんといんのに……それなのに俺は、女みてーにアンアン喘いで、腰、ふって……神社の、中で) 「ん……ち、あた、る」 「なに」 「バチ、あたん……な、俺ら……こんなばしょ、で……」 「罰ならもう当たってるだろ」  首の後ろの、うなじの辺りに手を差し込まれて、襟足ごとぎゅうと掴まれて。 「こんなものが、あるから」  過ち。間違い。そして番の証でさえ「こんなもの」呼ばわりされてしまったら。  もうどうにも、ならないじゃないか。 「っ……、あ、ぅ」  本格的な律動に足が肩からずり落ちて、ゴムのような何かに踵が当たった。べちゃりと濡れた感覚。視界の隅に正体が映る。  あ、悠真からもらった水ヨーヨー、割れた。  水が。  雨が。  嵐が。  あの日は嵐だった──姫宮、おまえの中の嵐はどこにいった。あんなに激しく求めてくれたのに、あの嵐はもう過ぎ去った過去なのか。もう消えてしまったのか。  再び足を抱えあげられる。ぐちゃぐちゃと音を立てて、姫宮の肩の向こうで揺れる俺の足は素足のままだ。  あの日は靴下を履きっぱなしだった。  俺の靴下を脱がす余裕が、姫宮にはなかった。  それほどまでに、俺を激しく求めてくれた。  それなのに夏の夜の風は、もうおまえの髪を乱してもくれない。  全部が全部、7年前の夏とは大違いだ。  それでも、姫宮は俺を見捨てられない。過去の罪にこいつは一生縛られ続ける。今日だって、怪我をした俺を放っておけず、優先して一緒に帰ってくれた。  だったら俺がこの男にしてやれることは、1つなのだろう。  もういいよと、思う。  おまえはおまえで、好きにしていいよって。  もう自由に、なってほしいって。 「ぁ、ぁああ──、は……ッ」  姫宮よりも先に果てる。珍しくタイミングが合わなかった。数秒後に、たったゴム一枚を隔てて、吐き出される姫宮の熱。  びくびくと腹の中で収縮する姫宮の一部に、後孔を絞めてぎゅうぎゅうに食らいつく。  足りない……こんなの足りない。  くそ、子どもが欲しいとか言ってたくせに、きっちり避妊具、持ち歩きやがって。  口にできない惨めな想いは全て、喘ぎ声の名残にとってかわって。 「……ん、く、ぅ……ッ」  互いに、荒い息を吐く。   脱力した体が圧し掛かってきた。喉を鳴らして姫宮の重みを享受しながら、心の中で吐き捨てる。  こんなことなら爪切んなきゃよかった。  こいつの背中に、思いっきり爪立ててやりてぇ。 「──とあ」  姫宮が小さな声で何か言ったけれど、その囁きは、最後の足掻きとばかりに咲き乱れた花火によってかき消され、聞こえなかった。  灰色の燃え殻となった花びらが、地面に落ちる。  花火が、終わった。  ──────────────────────  これにて夏祭り編終了です。  重なりかけて、また離れてしまいました。  ここまでお読みくださって有難うございます。  更新の励みになっております。  次の章は「着火編(仮)」となります。引き続きよろしくお願いいたします。

ともだちにシェアしよう!