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お節介な奴ら──第75話

 7年前の出来事を、小さい頃はしょっちゅう夢に見ていた。  夜中に泣き叫んで汗だくになって飛び起きて、透貴に抱きしめられながら、何度も眠りについた。  姫宮に犯されたことは許せない。許せないよ。だって怖かったし痛かったし苦しかった。  あんな地獄あるのかって思った。  でも、でも一番許せないのは、責任感の強いあいつに甘えきっている自分自身だ。  だから、あの夏祭りの夜に決意したのだ。  俺に出来るのは、あいつを解放してやること。それだけなんだって。  だって俺たちの関係は過ちで、間違いなんだから。  あの日以降、徹底的に姫宮を無視した。ヒートまでは関わる気がないから安心しろ、そんな思いを込めていた。  それを察してか、姫宮も強引に俺と接触を持とうとはしてこなかった。だから今日、あいつと会話にもならないような会話をしたのも、本当に久しぶりだった。  そもそも姫宮からこちら側に来なければ、もともと交わることもない人種だ。  これでいい、ここ最近が近すぎただけだ。同じ大学に入ったからって毎日顔を合わせすぎた。本来の距離感に戻っただけだ。  あいつは俺のことなんか気にせず、好きな子と盛大にイチャつけばいい。  確かにそうは思っているのに。心の中では、しっかりと納得しているはずなのに。  この手はまだ、姫宮の背中のあたたかさを覚えている。  俺はΩ性に抗えず、どうしても姫宮を求めてしまう弱い自分が許せない。  そう。俺は、姫宮ではなく……他でもない、俺自身が。 「俺が、だいきらいなんだ……」 「はぁ?」  ──許せないよ。あいつを恨んでるよ。  よくも俺を男に股開いてよがり狂う男にしやがってって、恨んでる。  でも、俺があいつを恨んでる本当の理由は。  本当の、理由は?  俺は姫宮からもらった砂糖の袋を開けてコーヒーにぶち込み、やけ酒のように一気に煽った。 「橘、よっス」  ぽん、と肩を叩かれて顔を上げる。後ろから声を掛けてきたのは見知った顔だった。 「おお、はよ」 「はよじゃねえわ、ちょっと話あんだけど、来週の発表のことでさぁ。つかおまえLIME見ろし」 「あっ悪ィ、ちょっと見る暇なくて……ん? てか急に焼けてね? なにこれ日サロ?」  つん、と腕をつつくといい筋肉にはじき返された。 「いんやスポイベ。昨日サッカー」 「あっついのによくやんなぁ……からの飲み? 酒臭っせ」 「そ。本日も朝帰りっスわ。連日のクラブきちィ。頭割れそ」 「うはは、すげーな! でもレジュメは手伝わねえからな」 「この流れで断ります? 普通」 「断ります普通、自分でやれアホ」 「……知り合いかぁ?」 「あ、うんゼミのな! 同じグループの奴なんだ」  首を傾げた風間に、笑顔で頷く。 「あー……この人ら、おトモダチなん?」 「おー! こっちのちっちゃいのが瀬戸で、こっちのダルそうなのが綾瀬で、こっちのほわほわしてんのが風間さん。俺のさ、親友なんだ」  指を指されて聞かれたので、少しこそばゆいが胸を張って答える。 「は? 親友っておまえ」 「ん?」 「あー、いや、へぇ~……」 「仲良くしてやってくれよ」    頬が緩む。  まさか誰ともほとんど関われてこなかった自分が、こうして知り合いに友人を紹介できる日が来ようとは。 「ど、も。橘のダチっす……」  意外と人見知りなところがある瀬戸が、そろそろと頭を下げた。 「……なぜに敬語? 同じ年っしょ、セトくん。どーもね」  ゼミの仲間が煙草の箱をからりと振った。  今から喫煙室にでも向かうのだろう。ならばその前に話し合いを終わらせておきたい。 「悪ィ、俺ちょっと抜けるわ。このあと予定も入ってるから外にも行ってくる、飲み会には間に合うよう帰ってくるから、またなっ」 「……おー」 「気を付けてなぁ」  そう、今日は予定がけっこう詰まっているのだ。  瀬戸たちに軽く手を振り、その場を離れる。  歩いていると、肩にぐいっと、ゼミ仲間に腕を回された。 「な~橘、おまえインカレはいんね?」 「インカレぇ?」 「そ。クラブ通い楽しーぞ。彼女とか2、3人できる」 「だぁから酒飲めねーつったろ? つーか2、3人はダメだろ、浮気じゃん」 「しけてんな」 「しけるしけんねぇの問題じゃねぇよ。1人に絞れ1人に」 「だはは、昨日実はキャバにもよってきまして」 「……おまえそのうち刺されんぞ?」  雀荘に入り浸ってるって聞いてたけれど、今度はキャバクラかよ。  何かあっても助けねぇからな、と肩を小突くと、隣の男は何故か瀬戸たちがいる方をちらりと見ては、どことなく気遣うような口調で耳打ちしてきた。 「……でもさぁ、インカレ入ったらダチも増えるけど?」 「え? いいって別に、もういるし。なんで?」 「いや~……おまえ大物っスわ」 「は?」  肩を竦めて笑うゼミ仲間にきょとんとする。  どうしてそんなことを言われるのか、まったくもってわからなかった。  * 「あ~はいはい聞こえてるっちゅーの! なーにがダチも増えるぞだ、どーせ大学デビューのオタクだよ、悪かったな」  ずごごっと残り少ないジュースを吸ってから、瀬戸が吐き捨てた。  べぇ、と見えなくなった友人──の隣にいた男子学生に舌を出している。 「ガキくせーことすんなや」 「だぁってさ、さっきのやつ露骨過ぎじゃね? なんでこいつらなんかと? って顔に出まくり。これだからDQNは……」  瀬戸がぶうぶうと不満を垂れる。  もういなくなったところでそういうことをするのが、瀬戸らしい。 「はーあ、橘ってマジで謎すぎ……」 「謎って?」 「だってあいつさぁ、本当ならああいうタイプの奴らとつるんでそうじゃん」 「あー……」  瀬戸の言うああいうタイプとは、つい先ほど橘に話しかけて二人で去っていった、遊んでそうな見た目の男のことだろう。  昼間はゲーセン、カラオケ、同人ショップ、たまに飲み。  クラブなんて行ったことのない俺たちからすれば、あまり関わりたくない人種だ。

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