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お節介な奴ら──第76話

「ぶっちゃけ俺らとは違うくね? アニメもほとんど見たことないっつってたしさ。初めて橘に声かけられた時、俺からかわれてんのかと思ったもん。今時罰ゲームかよって」  けれども橘は、そんな相手とも物怖じせずに会話ができる。  ごく自然に、気負うこともなく、普通に関われるのだ。  橘は決してガタイがいいわけではないが、どちらかというと、雰囲気的にはあちら側の人間だ。   だから瀬戸の言い分はわかる。 「まぁ確かに、あれは生粋の陽キャだわな」 「だ、だよな! なのにあいつ友達ほとんどいなかったとか言ってんだぜ? 中学も高校も結構休んでたって……変だよ、なんか……バランスが悪いっつーかさ」  バランスが悪い、ね。なるほどしっくりきた。 「言いえて妙じゃん、瀬戸にしては」 「一言余計だっつの。それにあいつ……隠し事だって多いしさ」  確かに橘は秘密主義だ。  一日に100回くらいは笑うくせに、時折ふっと、その明るい前髪に暗い影が落ちる。憂いを含んだ目でじっと自分の手の甲を見つめながら、何かを押し隠しそうとしている。  笑うと犬みたいに目尻にシワができるのが普段なだけに、そういう時の橘は少々近寄りがたい。  近寄れば近寄ろうとするほど、橘は無理に笑ってしまうから。  だから、そういう時の橘はスルーする。  それはここにいる全員の総意だ。 「肝心なことはなんも言ってくれないし……そりゃまだ出会って半年も経ってないけど」  瀬戸の不満だって、橘への不信感から来ているわけじゃない。寂しいのだ。  橘のことが友達として大切だから。これも全員の総意だ。  なにしろ瀬戸は、橘に同性として憧れを抱いている節がある。特に橘は、瀬戸にとって理想の男性像なのだ。  高校時代にクラスで1人はいただろう、いわゆる陰キャ相手にも気さくに話しかけてくれるような奴が。  そこそこ背丈があってイケメンで、おしゃれで、女子にもモテて、明るい男子。  だから瀬戸は、橘の私物を好んで真似をする。  メンズ香水なんてつけたことなかっただろうに、橘が使用しているものと同じものをわざわざ購入して、時々つけている。たまに、橘が着ていた服の色違いを買ったりもする。  まさに、大学デビューそのものだ。  でも綾瀬からしてみれば、友人にそんなことをされたら「え? キモ」なんてドン引きしてしまうけれど、橘は嫌がらない。  むしろ嬉しそうに、「大学終わったら一緒に買いに行くか? いい店知ってんだ」なんて瀬戸を誘う。  どうやらあいつも、友達との「おそろい」というのに若干憧れを抱いているようだ。  ……流石にこの前の「姫宮ブン殴り冤罪事件」の時はブチ切れて、瀬戸のお願いを蹴っていたけれども。 「でもなぁ、瀬戸。友達だからって全部話せるわけじゃないと思うぞ?」  風間が、静かに参考書を閉じた。 「橘さ、さっき俺たちのこと『親友』だって紹介してくれただろ?」 「うん」 「きっとそれが本音だよ。普通、そういうのって言わないだろ?」 「うん……」 「でも橘はそうじゃないだろ? ずっと俺らとつるんでるってことは、俺らといるのが心地良いからだよ」  そうだ。橘は些細なことですら喜んで、屈託なく笑う。  ただみんなで飯を食っているだけなのに、ただ遊んでいるだけなのに、子どもみたいに、あどけなく見える八重歯を晒して。  前にみんなでボーリング行った時は、ボールに触れるのも初めてだったらしく(大学1年でマジかってそれにも驚いたけれど)、ガーターを連発していて、「ごめん」なんて半泣きになってへこんでいた。  こんなことぐらいで意気消沈するか? なんて思ったけれど、「点数とれねーし、みんなに迷惑かけてるし」とか本気で項垂れていて、ついつい炭酸ジュースを奢ってしまった。  橘は「さんきゅー!」なんて目を輝かせて喜んでいた。  繊細……というよりは、純粋なのだと思う。  橘は、見た目に似合わずまっさらだ。  少々こっぱずかしいことでさえ、素面で、臆面もなく言ってしまえる。「親友なんだ」だなんて、照れもなく他人に紹介されたのは初めてだ。  あれは言われた方もかなり困惑してしまっただろう。みるからに「は?」みたいな顔をしていたし。  橘は少し──かわった男だ。  変な奴ではない。嫌な奴でもない。ノリが悪いわけでもない。ただ、かわっている。  そう、何かが俺たちとは違う。でもその何かは、わからない。

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