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お節介な奴ら──第82話

「ちがうって。これは俺と由奈の問題だからダメ。そういうのって人に話すことじゃないだろ?」 「なによぉ橘のバカ!」  オネエ言葉で抱き着いてくる酔っ払いを軽く笑ってハイハイといなすと、女子たちははぁ~と妙な顔でため息を吐いた。 「ほんっと橘ってなぞ、チャラいのに生真面目」 「同じ高校だったら絶対に関わらなかった人種だわ」 「これだから一軍男子は」 「高校ダンス部? それともサッカー?」 「え、なに勢い怖ぇんだけど。別に何軍でもねぇし、フツーだよフツー、ついでに帰宅部な」  中学も高校も、しょっちゅう体調を崩して保健室の世話になっていた。  部活どころではなかったし、昼食を共にするクラスメイトはいたけれども、遊びに誘われても全て断っていた。  他者を、強制的に性欲の渦に引きずり込んでしまうかもしれない自分の体質が、恐ろしかった。  体調が落ち着き始めたのは、背が伸びて体が少年から青年へ近づき始めた頃だ。 「とかいってぇ、先週街中で綺麗めのお姉さんに逆ナンされてたくせに」  「……そういう情報ってどっから入ってくんの? もしや俺監視されてる?」 「瑠美がゆってた。他にも目撃者多数。お持ち帰りされた?」 「されるかよ、普通に断ったって」  女子の情報網は侮れない。  暇なら遊ばない? なんて声をかけられることはそこそこあったが、「忙しいんで」といつも断っている。  軽めのタイプなら相手もさらりと流してくれるのだが、時々、本当に時々、「いつも見てました」系に遭遇することが、ある。  それがこの前の、見知らぬ女子高生だった。  あの子のすすり泣きは今でも耳の奥に残っている。  思い返すたびに、胸が絞られるように痛くなった。 「ふーん、由奈ダメならあたし橘のこと狙ってもい? 結構これガチ」  声のトーンの真剣さに気付いてしまった。  わざと、冗談めかして笑う。 「ダーメ」 「もーっ」  ぽかぽかと二の腕を殴られたので、軽くあしらう。  大学でつるむようになったみんなは、性別関係なく、俺にとっては初めてまともに「友達」と呼べる存在だった。  だから大切にしたい。  ──でもそのせいで、無意識のうちに誰かを傷つけている気がする。 「ほら、腹冷やすなよ。具合悪いっつってただろ?」 「やさし~! ずるい~!」  ぐりぐり頭を押し付けてくる女子のめくれた服を直しつつ、ついでに上着のシャツもかけてやった。  女性の日なら控えろよと言いたいところだが、ストレスとか色々なことがあるのだろう。  酒を飲まなきゃ、やってられないのだ。 「橘さぁ、その見た目で煙草もやんない酒も飲まないってホントなんなの?」 「パチンコもやんないの?」 「実は修行僧かなんか?」  修行僧、にツボった女子たちが腹を抱えて笑う。それに倣って、俺も笑う。  修行僧なんて程遠い。  俺は、欲望に塗れたΩだ。  汚らわしくて、穢らしいと言われている。 「……ははっちげーし、すぐ顔赤くなるし下戸なだけだって。早死にしたくねぇしさ~、パチ屋とかも煙いじゃん。俺、病弱なんでそゆとこ無理」 「うわ出た、謎の病弱設定」  はは、と乾いた笑みを浮かべて、ぐいっとジョッキを煽る……中身はずっと、ウーロン茶だ。  酒は、飲まない。  未成年である以前に、そもそも飲めない。  酒や煙草といった、いわゆる大人の嗜好品を摂取すると血管が広がって、PES──発情前症候群(ProEstrusSyndrome)──が酷くなったり、最悪フェロモンが抑えきれなくなるってネットに書いてあったから。  定期的にホルモン薬を処方してもらうクリニックの医者にも、言われたから。  ふと、居酒屋特有の程よい喧噪が遠くなる。  もしも、もしも俺が、男相手に足を開いて善がり狂う男だと知られてしまったら。  ここにいる全員が、俺から離れていってしまうのだろうか。  Ωに対する差別的な感情は、一般人であれば誰しも持っているものだ。  それがどんなにいい人間であれ。  お調子者の瀬戸も、ツンデレな綾瀬も、天然な風間さんも。  もうバカみたいに、一緒に騒いでくれなくなるのかな。  Ωの野郎なんかと歩けるかよって、近づいてもくれなくなるかな。  ──どうして俺なんかに声をかけるんだろう。あの女子高生も、街中で出会った先週の女性も、由奈も、酔ったフリをしてべったりくっついてくるこの子も。  もしも俺が、Ωじゃなかったら。  俺は、今こうして枝垂れかかってくる誰かの柔らかな手を、取っていたのだろうか。  姫宮は、相変わらず女子と和気藹々と喋り続けている。  俺と話している時より、うんと楽しそうだ。  世界でひとりぼっちの気分のまま。  宴もたけなわに、酒の席は更けていった。    ────────────  透愛は普通の、本当に普通の、18歳の青年なんです。

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