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姫宮 樹李──第100話
いや、衝撃というには事足りない。
綺麗だと褒められたことは数えきれないほどあった。それなのにこの生き物は、笑顔さえ浮かべず、怒りを剥き出しにした僕のことを「キレイ」だと言ったのだ。
しかも、友達になってほしいと懇願された。
こんなことがあり得るのか。
手を伸ばし続けてくる生き物は、友人がどうのとか遊びがどうのとか何やらごちゃごちゃ言っているが、正直右から左だった。
間抜けにも、暫く、何も言えずに呆けてしまっていたらしい。
「なんなんだ君は」
常に完璧でなければ認めてもらえない。人と関われない。父相手でも他人相手でもそうだった。
僕は性格が悪い、その通りだ。
しかし本来の自分を隠さなければ、この世界では生きていけない。
そんな僕の中での常識が、今の一言で、粉々に砕け散ってしまったのだ。
目の前にいる、名前も知らなかったただのクラスメイトによって。
なんだ? この人形は。
なんだ? この生き物は。
なんだ、この……この、橘って苗字の子どもは。
透愛っていう名前の、少年は。
たちばな とあ とかいう……人間は。
──橘、透愛。
「姫宮?」
しかも彼は、本気でそれを言っているのだ。
目を見ればわかる。その曇りのない瞳を、見れば。
これが、驚愕以外の何物でもあるものか。
「……なんなんだよ」
僕の作り物じみた笑顔とは何もかもが違う、お日様みたいな笑顔。
躊躇なく腕を僕に伸ばし続ける橘が理解できない。ちょこんとはみ出た子どもの八重歯だってみっともないはずなのに、どうしてこんなにも白く見えるのだろう。
──白くてつるつるしていて、角砂糖みたいに甘そうだ。
そんなことを一瞬考えてしまい、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
駄目だと、僕の中の理性が判断した。
それでも、天秤は傾き始める。
「そうか、やっとわかったよ」
「なに、が?」
「どうしてこんなにも、君のことが気に食わないのか」
「え……」
「一つ、いいことを教えてあげるよ」
こいつを視界に入れるのは良くない。これ以上、近づきたくない。近づかないほうがいい。
きっと橘が気に食わないからそう思うんだ、そうに違いない。
そうでなくてはならない。
「僕は別に誰のことも嫌いじゃないよ。だってどうでもいいからね。誰が生きようが死のうが僕の知ったことじゃないもの」
一段ずつ、階段を降りる。
「でも君は違う、たった今確信したよ。僕は君が大嫌いだ。心底不快だね。土足で人のココロにずかずか入ってこようとする、無神経極まりない君が」
力いっぱい払いのけた、日に焼けた細い腕。
今の僕には眩しすぎる腕。
「友達だって? 誰がなるかよおまえなんかと」
背後は夕暮れ。
陰になって彼には光がさほど当たっていないはずなのに、軽く触れただけの手は夕日に焼かれたみたいに熱かった。
でも僕は、その熱すらも不愉快極まりなく感じられて。
「目ざわりだ。もう二度と僕に話しかけてくるなよ──橘、透愛」
橘の、ダークブラウンの瞳から流れた涙の雫が、まるでシロップみたいに透明に見えて。
舐めたらどんな味がするんだろうと、思った。
*
幼い頃から、世界の中心は自分だった。
回りをうろうろとさ迷う星のクズは、ほとんど黒に同化しているので見えても見えなくとも困らない。
必要とあらばひょいと手に取り、好きな位置に配置するのみ。
思うがままの世界を作り出し、自分で作った暗い星の道を歩く。
でもある日突然、強烈すぎる光が目の前に現れた。
それはあまりにも鮮烈で、無視したくても不可能だった。
橘の、白い八重歯が目に焼き付いた、11歳の初夏。
階段の下から、まるで傅いた王子さまの如く伸ばされた、橘の腕が。
まるで嵐みたいに、僕の心をかっさらっていった。
そして、この日を境に。
僕は、おかしくなってしまった。
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100話行きました。
おまえ、おもしれー女(男)と受けに言われて落ちた攻めのお話が始まります。
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