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姫宮 樹李──第106話
*
いつも通り、人目を盗んで橘の机を漁っていたあの日。
《バース診断──判定結果:未分化Ω》
ぐしゃぐしゃに丸められた紙を机の上に広げて、手が震えた。
「橘が、隠れΩ……?」
正確には、Ω性を内在するβ。でも、それでも、αと番になれる存在。
今日、僕にも渡された診断結果はもちろんα。しかし学校で調べるまでもなく、すでに個人で検査をしていたので、判明している。
橘がΩだと知って、はちきれんばかりに膨れ上がったのは喜びだった。
あまりの嬉しさから、しばらく狼狽えて視線が揺れる。ちょうど橘の机からは、灰色と白のソックスがはみ出ていた。
そういえば、休み時間に水遊びをして、「水かかったぁ」とか騒いでたな。
水遊びをすれば水がかかるに決まっているだろう、やっぱりバカだな。
そんなバカで可愛い橘は、予備のソックスを履いて帰っていった。
なんでもかんでも机に突っ込んで整理整頓した気分になっている雑な男だ、これを忘れていったこともすっかり忘れているだろう。
橘の頭が弱くて助かった。
幸い明日から夏休み、不埒な手は自然と伸びた。
橘の席にちょこんと座り、まだ乾ききっていないそれを鼻に押し付けて、すうっ……と肺いっぱいに吸いこむ。
「はぁ……」
橘が、僕の中に入ってくる。
ぶるりと体が震えた。
生乾きの草のような臭いの中に、橘の匂いを強く感じた。この前仕入れた彼のハンカチよりも、だいぶ濃い。ちょっと汗臭いのは、体育の授業があったからだろう。
橘は今日も元気に、グラウンドでサッカーボールを追いかけていた。ボールはいいな、どこへ逃げても橘に追いかけてもらえて。
しかも時々橘に持ち上げられて、ぎゅっとその腕の中に抱きしめてもらえる。
僕は、こそこそ隠れて彼を眺めることしかできないのに。
僕の方から彼に話しかけるなんて、絶対に無理だ。普通の顔をしていられる自信がない。
そしてそんな彼のちんまりとした5本の指を、この綿の靴下は包み込んでいたのだ。
ツンとした酸っぱさは全く不快じゃない。むしろ。
「いいにおい……」
どくどくと、下腹部に血が溜まる。
(あ……)
あっという間に、股の間にテントが張ってしまった。
そろそろと橘の椅子に腰を下ろす。自慰を覚えたての手は、迷うことなくズボンの中へと入っていった。
左手では靴下を鼻に押し付けながら、右手ではしっかりと、芯を持つ幼い陰茎に触れ、ゆるゆると擦り始める。
「ふ……ん」
他でもない彼の席で、こんなことをしているという背徳感。
じんわりと濡れた布を顔に擦り付けながら、一生懸命手を動かす。
けれども、まだまだ手付きは未熟だ。
トイレの個室でしたことはあるけれど、こんなに開放的な空間ではしたことがない。当たり前だ、本来ならばしてはいけない場所だ。これは立派な犯罪だし、見つかったら怒られるどころではすまない行為だ。
変態、物狂い、異常者、不審者。
ありとあらゆる暴言が書き記されたレッテルを貼られてしまう。
それはわかってはいるけれども、やめられない。
天秤はずっと、橘に傾き続けている。
だから橘の机で。
橘が毎日腰を下ろしている、この椅子の上で。
僕にとっての最高の特等席で、したい。
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