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一人じゃない──第133話

 闇を見た。  一度目は姫宮に犯された時。  二度目はいま。    たった数秒の出来事で、世界は激変した。  * (なにが、起きた……?)  しん……と静まり返った世界に、ぱらぱらとガラスの破片が落ちてくる。 「え、なに……え、なに? え……ぇっ」 「トラッ、ク、トラック突っ込んできた!」 「痛い、足、ぁ、いたぁい……!」 「救急車、救急車ぁ!」  絹を裂くような悲鳴と野太い悲鳴が広がっていく。  目だけを動かせば、トラックは右奥の自販機に突っ込んだっきり、プワァー……とぞわぞわする断末魔を上げて静止していた。 (俺、どうなったんだ?)  キインと耳鳴りが止まず、ふるりと頭を振れば、ぱたたっと赤が散って右の視界が濁った。  頭の上にだらんと垂れた誰かの指先。  長くて白くて繊細な、この見覚えのある指──素早く反応できたのは、奇跡に近い。 「ひ……姫宮っ……う」  声を上げれば、さらに頭がくらっとした。  姫宮に抱きしめられていた。あの体勢から、轢かれないように俺を庇ってくれたのか。 「め、みや……なぁ、ひ、め」  ぼうっとする視界で姫宮を確認すれば、腕も足も付いていた。よかった、五体満足だ。でも何かが変だ、何度呼びかけても反応がない。穏やかな顔で寝ている。  彼の腕をなんとかどかし、とりあえず起き上がろうと床に手をつけばぬるりと滑った。 「うわっ、な……え?」  地面が真っ赤だ。 「なに、これ」  どこからか溢れる赤が、木目調の床にみるみるうちに広がっていく。  手のひらにべったり付いているのは……血だ。  血溜まりの中に、姫宮はいた。  赤と黒の、コントラスト。紙のように白い顔で目を閉じている、美しい姫宮。  それはあまりにも、禍々しくて、キレイな──   「──姫宮!!」  喉が一瞬で裂けてしまうくらいの声量で。  俺は、絶叫した。

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