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キレイな人──第174話

「君の喉は炎症が起きてしまって、数週間まともに声が出せなかったね。だって君の下の口にも、上の口にも……」 「──言うな」  狂乱だった。僕は人じゃなかった、獣だった。  だから橘を、僕の臭いで満たしてやりたかった。  あれは、果たしてαとしての本能だったのか。それとも僕自身の歪んだ願望だったのか。  橘の肌にも、膣道の奥の子宮袋にも、彼の、胃の中にも。 「僕がたっぷりと……マーキングしてあげたから」 「姫宮!!」  頭を押さえ付けて、無理矢理出した。  橘がえづいて、一度だけ床に吐き戻した薄っぽい黄色。橘は飲みたくないって駄々をこねていた。泣きながら、イヤだって。  でも僕は飲まなきゃ駄目だよって、許さなかった。  暑いだろう? って。これから何時間か休みなく続けるけど、喉が渇いて死んじゃうよ? って。それでもいいの? って。  涙を零す橘の足を抱えて揺さぶるたびに、たぷたぷ音が鳴る彼の腹の中に、支配欲が満たされた。  僕の中にいまだ眠る、嗜虐心も。 「も、やめろよ……!」  あれはまさしく、絶望の味だったろう。  僕が同級生にそんなことをされたら迷いなく相手を殺している。クズだ──クズは、僕か。 「そういえば首も何回か絞めたな。指の痕が付いちゃって……あの時は、あんなにいい子だったのになぁ。どうして今は何も言うこと聞いてくれないの。あれだけやってやったっていうのに、まだ足りないの? もう一度、君を一から躾け直してあげた方がいい?」  これから先一生、僕のことしか考えられなくなればいいのに。 「今すぐここで、君を犯してあげようか」 「もう、やめろ……!」  ぱっと腕を解放すれば、橘は壁伝いにずるずると座り込み、手のひらで顔を覆った。  そのつむじを見下ろしながら、夏祭りで橘を襲ったあの害虫どものことを考える。  殺してやろうかと思った。橘に止められていなければ2人くらいは手にかけていたかもしれない。  特にあの北条。半分パンツをずり下ろした状態で橘に覆いかぶさっている光景を見た瞬間、憤怒のあまり血管が焼き切れるかと思った。  彼らの社会的地位を何もかもを支配して、死ぬまで生き地獄を味合わせてやると誓った。  でも。 「なんで、だよ。いい子でいろって、なんだよ」  けれどもあの時、僕が伸ばした手は橘に振り払われてしまった。 「そんなに、俺が、嫌いかよ……」  それは君だろう。  君にとって、僕はあの害虫どもとなんら変わりはないはずだ。 「俺はおまえの、友達にすらなれねぇのかよ……」  だって僕は彼らと同じで、傲慢で、残酷で、力づくで人を支配するような恐ろしい害獣だ。僕とあいつらでは何が違う? 何も違わないじゃないか。  力づくで橘を支配した。  今ならわかる。僕はあの時あいつらを懲らしめたんじゃない。  僕はあいつらを通して、僕自身に怒りをぶつけようとしたのだ。 「本当に君は愚直で鈍いね。君と友達になんか死んでもなるものか……だって君は、僕のものじゃないだろう?」 「当たりまえ、じゃねぇか……俺は、誰のもンでもねぇよ」 「だろうね。知ってるよそんなこと」  改めて、言われなくても。 「君が憎いよ。心の底から。君のことを捨ててしまえたら、どれほどいいか……そうしたら僕は、昔の僕に戻れるのにね……君のせいで。君が、いるから」  君がいるから、僕はこんなにもおかしくなった。この7年間ずっとおかしいままだ。  そしてそのせいで、君だって僕という存在に苦しめられ続けている。   もうここで、全て終わりにしたほうがいいのかな。 「君なんか、一生僕に苦しめばいい。それができないのなら──いっそ死んでしまえ」  そうだ──いっそのこと、橘を殺すしかないのかな。

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