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キレイな人──第178話

「遅かったな、橘」  ねぇ、カッコいい橘。 「くち開けて、橘」  ねぇ、可愛い橘。 「ねえ、橘──しようか」  ねぇ、愛おしい橘。 「どうする、橘」  ねぇ、愛らしい橘。 「──透愛」  ねぇ、僕の透愛。  初めてちゃんと、君の名前を呼べた。  反射的に腕にかき抱いた橘の、柔らかな唇に吸い付き、驚いて吐き出されたか細い息を飲み込む。  これは、「君を守りたい」だなんて、普遍的で高尚な感情とは程遠い。  だって、君の吐いた息は空気にだって溶かしてやらないもの。  君の最期の吐息は、僕がもらうんだ。  君の命は、誰にもあげない。  誰かに奪われるくらいだったら、僕が奪う。  君の肌の下を流れる血潮も、激しく脈打つ心臓も、君を構築する大切な臓腑たちを全て囲い、僕の目の前で人の形たらしめてくれているこの柔らかな皮膚も、全て。  なぜなら僕は一分一秒ごとに、君という存在に恋をしているから。  仕方のないことだ。だって君は、一分一秒ごとに素敵になってしまうのだから。  強く強く腕の中に閉じ込めた宝物は、陽だまりみたいに温かくて。  最後に見た橘の姿は、やっぱり。  この世に存在するありとあらゆる命の中で一等、キレイだった。

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