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透愛と樹李──第198話

 それに、姫宮のうっとりと俺を見つめてくる目でわかった。こいつは昔の俺も、そして『今の俺』も本気で可愛いと思ってくれているんだって──ぶわりと、頬に熱が溜まる。  急に、姫宮の顔が見られなくなった。  どうして、さっきまで見れていたのに。  目のやり場に困り果て、視線が自分の意志とは関係なく勝手に泳いでしまう。  最終的には、姫宮の胸の辺りに落ちた。 「お……おまえっ、く、口ン中……やっぱちょっと苦ぇ、よ」 「いや?」 「そ、じゃ、なくてさ……」  しどろもどろになってしまったが、これは本当だった。定食のBセットと消毒液の中に、ほのかな苦みが混じっている。あとは姫宮の味……俺の、好みの味。  それが、煙草の苦みで薄れてしまっている。  すごく、もったいない。 「煙草、吸い過ぎだって」 「口寂しかったんだ。君にずっと、触れられなかったから……」  ごきゅりと、硬く感じる唾を飲み込む。なんとか軌道修正を図ろうとしたのに、まだ続くのかよこの……蜂蜜を頭からぶちまけられたかのような雰囲気は。 「僕はいつだって君の唇に触れていたいのに、理由がなければ君に触れられない。だから寂しくて……でも、今回ばかりは吸い過ぎたな」 「そ、そんな理由でかよ」 「そんな理由だよ。僕はいつも、君の唇だと思ってあの銘柄を吸ってるんだ」  へ? と口が開く。寝耳に水、再び。 「それはどーいう理由で?」 「僕が盗んで舐めた君のリップに似ている香りだから、これしか吸えないんだよ」 「え……ええっ」 「それが理由だよ。伝わった?」  ──じゃあ何か? 俺の家の前で待ち伏せしていたあの時も。  ヒートん時、疲れ果ててベッドの上で寝ている俺を、こいつが一人ベランダから冷めた目で眺めていた時も。  俺がこいつを無視しまくって、ストレスフルで自宅で吸いまくっていたらしい、今現在も。  この煙草をこいつが口に常に咥えていた理由は──ぽんっと、ついに茹って弾ける頭。 「マジ、か……マジかぁ」  頬が異常に熱い。その事実はとてつもない変態行為の成れの果てだというのに、どうしてこんなにも頬が緩みきってしまうのだろう。  まさに惚れた弱み。恋は盲目とはこのことである。  変な顔にならないように、必死で頬に力を入れた。 「マジだよ。君のせいで嗜好まで捻じ曲げられたんだよ僕は」 「まぁた俺の、せいかよ……一日中、無茶な吸い方ばっかしてたって義隆さん言ってたぞ……だから義隆さん、おまえのことすっげぇ心配しててさ」 「黙って」 「……ぁっ、ふぅ」  じゅっと強く首の付け根の辺りに吸い付かれて、腰から下がくてんと砕けた。引き寄せられるがまま、徐々に徐々に姫宮に体重を預けてしまう。 「僕以外の男の名前呼ばないで」  俺を見る姫宮の瞳には、しっかりと嫉妬の炎が浮かび上がっていた。冷たくて甘い毒がじわじわと広がっていくみたいに、虹彩が真っ黒になる。  ──ぞくりと、する。 「ち、父親じゃんか、おまえの」 「関係ないな。父だろうがなんだろうが僕以外の人間だ」 「でも」 「しー……静かにして?」  ちゅ、とあやすように、まぶたに口付けられ。 「言ったよね、嫉妬深いって」 「……っ」  今度はうなじの噛み痕に軽く爪を立てられ、ぐいと上を向かされ、鎖骨のあたりにかしりと歯を立てられた。 「あ……ぅ」  痛みはほとんどない。けれども姫宮の途方もない独占欲を感じる。  姫宮が口を離しそこには、しっかりと歯型がついていた。姫宮の舌が鎖骨から首筋、顎、そして唇の横まで上がってきて。 「──駄目だよ、透愛。だめ」 「ぁ……ン、む」  苛烈な炎に心を絡めとられている間に襟足をくしゃりと握りつぶされ、噛みつくように唇を奪われた。

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