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透愛と樹李──第200話

 姫宮の目がだんだんと据わって──というか虚ろになってきた。虹彩の黒さが更に際立つ。  しかも俺の肩を掴む手の甲の血管も盛り上がり始め、ギリギリと骨が軋むくらいの力を入れられる。たぶん無意識だろう。 「いたたた」 「いや、あそこは既に売却済みだったか、クソ……っ、迷わず一昨日のうちにひと地区購入しておけばよかったな……橘」 「お、おう」 「君、どういう部屋に監禁されたい?」 「え──え、なんて?」 「どういう監禁部屋がいいかって聞いているんだ。一回で聞き取れ、耳はついているだろう?」 「……」  やっぱりブン殴ろうかなこいつ。 「君のためだったら広くて快適な部屋も用意するし、ベッドも首環も手足枷も、もちろん特注で」 「い──いやまてっ、そもそもどこにも監禁されたくねーわ!」 「大丈夫だ心配するな。死ぬまで部屋から出さないだけで、枷はもちろん痛みの少ない柔らかなものを用意するし衣食住だって完備するし君が欲しいものならなんでも揃えてあげるよ。マジックミラーで外の景色や野生動物たちの姿も見えるようにしてあげるし、決して不自由はさせない。それこそ君に傷一つだってつけないから……部屋からは出さないけれど」 「そういう問題じゃねぇ!」  部屋から出さないを二回繰り返されたことも恐怖だったが、ぶつぶつと恐ろしいことを呟きながら不思議そうに首を傾げる男は止まらない。 「やっぱり日本がいいのか……? でも、でもダメだよ透愛、日本じゃきっとすぐに見つかって僕らは引き離されてしまう。国家権力には流石の僕でも勝てない……いや勝算が低い。多く見積もっても五分五分だ」 「おい」 「でも僕は君を二度と人目に晒したくないんだ……君みたいな人は晒すべきじゃない。このままじゃ可愛すぎて誰かに攫われてしまうよ、そうなったら僕は……僕は」 「いや、今現在おまえに攫われそうになってんだけど」 「だから奪われる前に君をどこかにしまっておかなければならないという話をしているんだ!」 「ひぇっ」  ぎゅっと目をつぶる。  あまりの剣幕に情けない声が漏れてしまった。  いや勢い~~~!! それでも姫宮号はノンストップだ。 「僕だけしか見れない場所……やっぱり地下がベストか? そうなったら空は見られないから狂ってしまうかな、じゃあ空が見えるようプロジェクションマッピングを活用するとして……いやでも、父さんや透貴さんが邪魔をしにくるな。会社の株はまだ父さんの手元だし……ああ、僕は一体どうしたら……」 「きーけ!」  ぱちこんと、軽く姫宮の頬を両手で挟む。 「どうもしなくていいって! 俺は誰にも奪われねぇよ、おまえのことしか見えてねぇっつの!」  これ以上姫宮が暴走する前に声を張り上げれば、今度はがばっと、背骨が軋まんばかりに抱きしめられた。 「おわっ、な、なんだよもう、さっきからぁ! 痛ぇよぉっ」  姫宮は、人の肩に頭を深く乗せて撃沈している。  しかもああだのううだのなにやら唸っている。よくよく耳を澄ませば、「ズルい」とか「好きだ」とか「さばんな……」などを連呼している。  力が抜ける。どうして第一候補がサバンナの奥地なのだろう。  姫宮の豹変っぷりは慣れてる。というか7年前に嫌というほど思い知らされた。透貴の名前を口にしたらブチ切れられたし、こいつの感情の乱降下は今に始まったことではない……でも、やっぱり唐突だし眼力がヤッバい。  監禁ってなんだよ、怖ぇ~~。  一歩間違えれば俺、こいつにどこかに閉じ込められちゃうのか?  そういや用具室に逃げた時も、ほぼこいつに閉じ込められたようなもんだしな。  姫宮のこういう……情緒不安定なところには慣れるまで時間がかかりそうだ。  でも。 「……おまえ病みすぎ。情緒むちゃくちゃだろ」 「誰のせいだよ……」 「あーはいはい、おまえが面倒臭いのは俺のせいだな~」  肩に押し付けられた頭をぽすぽすと叩けば、ぐりぐりと鼻先を押し付けられた。「たちばな……」とぎゅうぎゅうにしがみついてくる男に、口元が綻ぶ。  伸し掛かってくる重みに、嬉しいという気持ちだけが胸の奥に広がる。なんだろう、俺が好きすぎておかしくなってるこいつって、けっこう──可愛いかも、しんない。  そんなことを思ってしまう俺もやっぱり、頭おかしいのかなぁ。  ずっとずっと、こんな風に激しく、姫宮に求められたかったなんてさ。  ──────────────────  200話になりました。すれ違ってたあの100話からここまで来れて嬉しいです。

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