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ふたつの嵐──第209話
「せっせ、瀬戸!」
「偶然! 今から見舞いに行こうかと思ってたんだよ~」
ニコニコ笑顔で、ぱたぱたと駆け寄ってきたのは瀬戸だった。
しかも、彼の後ろには綾瀬と風間の姿もあった。
姫宮の目が覚めたという連絡はもうしてあったので、講義終わりにここに立ち寄ってくれたのだろう。瀬戸の背後から伸びた行き場のない友人2人の手が、何もわかっていない瀬戸を止めようとしてくれていたということを如実に語っている。
「あー……ごめんなぁ? ちょっと瀬戸の足、早くて止められなくて」
「い、いや、その」
風間のちょっと気まずそうな、申し訳なさそうな顔に、こっちが余計にいたたまれなくなる。
綾瀬も似たような顔をしていた。
うぅ、確実に見られてた。
「おまえマジでにぶすぎ」
「あいたっ、なんだよ」
べしりと綾瀬に強めに頭を叩かれた瀬戸が頬を膨らませた。でも、いつも通りの彼らの姿に緊張で強張っていた肩の力が少し抜けた。
「あーっと、悪いな、見舞いに来てもらって」
「いいって。ほら」
「お、バイタリティゼリーの詰め合わせっ、助かる~」
「こっちはミニ麺なぁ」
「やべぇ風間さんわかってる! ぜってー深夜に食いたくなるって思ってたんだよ」
「だろ~?」
やはり持つべきものは友達だ。俺の好みを把握している。
「なぁ、今日大学どんな感じだった?」
「大学? ヤバいよ、おまえらの話題で持ち切り……とか言いたいところだけどタンクローリーが全部持ってったわ」
「はは、だろーな」
肩をすくめる綾瀬に笑う。
「まぁでも、一部はおまえらの話ガンガンしてたけどな~! 姫宮の取り巻き共とか顔がお通夜状態だったぜ。吉沢さんは来てなかったな。俺も色んな奴らにけっこー聞かれたしな」
「なにを?」
「なにをじゃねーわ、おまえ2人の関係の真相とかだよっ」
「あ……そか」
「言っとくけどしらねぇってちゃんと言っといたからな! 実際知らねぇし」
「……さんきゅ」
「い~って。退院したらちゃんと話せよな」
瀬戸に軽く肩を小突かれたので、うんと頷く。
まだ、彼らに詳しい話はできていない。番であり結婚していたけれど、喧嘩をしてしまって長く冷戦状態だったという当り障りのない部分だけ。
それ以上は、今は話す気はない。
「──で、紹介は?」
爪を弄りながらの綾瀬の一言で、俺は隣の男を見やった。姫宮はいつのまにか、いつもの王子様スマイルをさっと貼り付けてしまっていた。
「あーうん、改めて……俺の……俺の、夫、の姫宮クン、です。さっき目ぇ覚めました」
「──どうも。昨日はいろいろとお世話になったって橘から聞いたよ、本当にありがとう。なんてお礼を言ったらいいのかな」
ニコリと深められた完璧すぎる笑みに、なんとも言えない気持ちになる。なにしろ。
「あ、もう外面いいから。そーゆーのウザい」
「……え?」
と、まずは綾瀬。
「うーん、食堂であんな風に叫んでるの見ちゃったらなぁ~」
と、風間。
「橘から聞いたぞ? 姫宮おまえ、俺のこと小男とか呼んでたんだって? ひっでー奴」
って、瀬戸~~~!!
「おまっバカ、言うな!」
「──ふうん、告げ口したの」
「だっだって、おまえが名前覚えないから! それにこいつらもうわかってんだからな! おまえの外面とかもう剝がれてんだよ、飲み会でのアレ忘れたのかよっ」
「覚えてるよ。だから流そうと思ったのに……」
今にも舌打ちをかましそうな姫宮に、「いや無理だろ」と綾瀬が突っ込んだ。
「マジで名前覚えてねぇのかチェックしようぜ、なぁなぁっ、俺の名前は?」
親指で自分を指さした瀬戸に、「橘の友達S」とか言い出しかねないかもってハラハラしていると。
「覚えてるよ。小瀬くんだよね?」
……もっと酷かった。なんで「小」を必ず付けたがるんだ。
「瀬戸だわ、瀬しかあってねぇ~」
「俺は?」
「あ……かぎくん」
「うわ不快、綾瀬だから」
「おぉ、じゃあ俺は?」
「浜田さん」
「うん、惜しいぞぉ、風間な。眼鏡の隙間から風が入るって覚えるといいぞ~」
「まって風間さん、別に惜しくなくね?」
「マジで他人に興味ねぇんだな~、ある意味ですげえ才能だわ」
ほえ~と口を半開きにした瀬戸を、姫宮は随分と冷めた目で見降ろしていた。鈍感と名高い瀬戸も、姫宮のぴりついた視線に気づいて、「え、なになに?」と少し怖気づいた。
蟻みたいな小男発言といい(もちろん瀬戸に伝えたのは「小男」の部分だけである)、3人の中でも特に瀬戸のことを特別敵視しているような雰囲気だった。
「あー……姫宮がごめんな! 入院中、ちゃんとおまえらの名前覚えさせておくから」
「いい、今覚えた」
反対側に回ってきた手に、首をぐわしっと掴まれ強引に引きよせられた。
「おわっ」
姫宮の首筋に倒れ込むように頬が密着する……いちいち行動が乱暴すぎるだろ。
「お……まえな、せめて掴むなら肩とか……っ、首ぐきって鳴ったぞ!」
「──瀬戸くん」
姫宮は俺を見ていなかった。ただ、瀬戸をじっと見下ろしている。
敵意の他に怒りと憎悪の混ざった、切れ長の瞳で。
「君、橘と同じ香水付けてるよね?」
「……へ?」
「今すぐ止めて」
はっとした。
おいおい、まさかこいつが瀬戸を敵視していた理由って。
「外面を剥がしていいのなら話が早い。僕らが番であり婚姻関係を結んだ夫婦だってことはもう知ってるんだよね。じゃあこれからは透愛にあまりべたべた近づかないでくれる? この人、爪の先から頭の天辺まで僕のだから」
──やっぱり嫉妬かよ!!
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