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ふたつの嵐──第215話
涙を必死になって堪えているせいで、目の前の姫宮の顔が、歪む。
姫宮は、俺の返事を待っているようだった。
「おまえ……」
「うん?」
「王子さま、みたいだな。かぼちゃパンツはいててもぜってー絵になるよ……俺が保証する」
「どうしてそういう流れに持っていこうとするんだ」
「いや褒めたんだよ今のはぁ」
「君の褒め方はどこかズレていると思う」
冗談の通じない男だな。
だって他の奴に急に跪かれたら、「は?」って思うけど、姫宮はすっかり様になっていた。
流石は、立っていても座っていても歩いていても走っていても、芍薬も牡丹も百合もひれ伏すレベルで顔面が優勝していると囁かれている男だ。
「あんなダッセーのはいて、様になんのっておまえぐらいだぞ」
「……僕だって、ずっと君のこと王子さまみたいだと思っていたよ」
「えー、うっそだぁ」
「本当だよ──本当だ。君に手を、差し伸べられたあの時から」
揺れていた姫宮の顔が、定まった。俺の瞳にたまっていた涙が数滴、零れ落ちたのだ。
こんなぐしゃぐしゃのみっともねぇ顔、こいつには見せたくないのに。色んな感情がぐちゃぐちゃになって、涙が止まってくれない。
「橘……君の薬指に指輪をはめても、いい?」
くだらない俺の悪あがきに付き合ってくれた姫宮に、うんとひとつ頷く。
そのせいで、涙が余計に溢れてしまった。
初めて俺の左手の薬指に収まったそれは、ぴったりのサイズだった。まるで最初から、俺の指にはまりたがっていたかのように。
手を上に掲げて、後ろからの夕日に翳してみる。
キラキラキラキラ、眩しすぎてさらに目が潤む。
「……いつ、これ、持ってきてたんだ、よ」
病室から出た時は、オーバーテーブルの上でハンカチに包まれたままだったはずなのに。
「一度スマホを忘れたと部屋に戻った時に、ちょっとね」
「あん時か~~……」
やられた。
「おまえの、ぶんは……?」
「うん、あるよ」
「はめる、次はおれがはめる」
かせよ、とぐすっと鼻を啜って手を突き出せば、苦笑した姫宮に指環を置かれた。
手のひらで光るそれをまじまじと眺めていると、あることに気付いた……試しに、自分の薬指の指環と重なるように嵌めてみる。
やっぱり、ほんのちょっぴりだけ隙間が開いた。
姫宮が、目尻を緩めて楽しそうな顔をしている。くそぅ。
「……なんだよ、俺と同じサイズだと思ってたのにさ……むかつくぅ」
「君の手、僕よりも小さいね」
「数ミリだろっ」
「数ミリでもだよ……でも、よく気付いたな」
「そりゃあな」
毎晩、眺めたり触ったりしていたわけだし。サイズが違うことぐらいちゃんと触ればわかる。
立ち上がった姫宮の左手を取り、「そっちは右手」と瞬時に突っ込まれて、ああそっか、反対だからこっちか……と思い直し、今度こそ「左手」を手に取る。
「くそ、俺、しまんねぇ──……」
もっと姫宮と同じように、スマートにしてやりたかったのに。
「君らしくていいよ」
「なんだよそれ、バカにしてんのか?」
「可愛いと、言っているんだ。まぁ、かぼちゃパンツは君には似合わないと思うけどね」
「うっせ……なんでおまえって、一言多いんだよ」
「似合ってると言われるよりよくないか?」
「……確かに」
ふは、と、ちょっと笑えてしまった。姫宮も、心なしか口元が緩んでいる。いったん涙を袖で拭ってから、よし、と気合を入れて薬指に俺と同じ形状の指環をすぽっと嵌めてやる。
姫宮が、指にはめられたそれをまじまじと見つめた。
──困ったような、なんともいえない顔をしている。
あれ? と思う。
てっきり手放しで喜んでくれると思ったのに。
想像していた反応と違いすぎて、ちょっと困惑してしまう。
「どーした? サイズあってねぇのか?」
「違うんだ。ただ……」
姫宮が、言いにくそうにどもった。肯定であっても否定であっても、どんな時でもきっぱりと物を申すこいつにしては珍しい。
なんだ、怪我のせいで指がむくんでるとか? それとも栄養が足りなくて一晩で指が細くなったとか?
「──安物で、ごめんね」
「……はい?」
耳を疑った。
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