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ふたつの嵐──第217話
「うるさいな。そういうことはもっと早くに言えよ」
「言えるかっつーの! おまえだって俺に何も言わなかったくせに。つーか、嬉しくなきゃ毎日欠かさず首から提げてねぇって」
「……実は僕も嬉しくて、毎晩触ったり眺めたりしていたんだ」
「え、そーなの?」
「そうだよ。じゃなきゃ、毎日欠かさず首から提げてないだろう?」
「……おまえだって言えよ」
「……無理だったな」
「ほーらみろ。なんだ──なァんだ……は、は」
本当に俺たち、ずっとずっと、おんなじこと考えてたんだな。
「じゃあやっぱり俺、これがいいや……おまえと、ホントの意味でお揃いだな」
左手を右手で包み込んで、胸の前まで持っていき、ぎゅっと力をこめる。
薬指に、指環が食い込んだ。これでいいのではなくて、これがいい。他でもなく、姫宮が俺のために考えに考え抜いて選んでくれた、この指環がいい。
「返事を、くれないか?」
「えーっ、言わなきゃダメ?」
「言って欲しい。君の声で聞きたいんだ。病める時も健やかなる時も、君を愛すると誓うから」
「そんなことシラフで言う奴いるか? つかおまえ健やかなる時ってなくね」
「茶化すな」
「あははっ、ごめんごめん……──はい」
頭半分低い位置にある瞳をしっかりと見つめる。笑みは自然と零れた。
「喜んで、だな」
おまえと友達になりたいと、かつてこの手を伸ばした時と同じ声と顔で、想いを伝える。
「俺、おまえの奥さんに、なりてぇや……」
妻だろうが夫だろうが奥さんだろうが旦那さんだろうが、呼び方なんてもうどうでいい。ただこいつの傍にいたい。
断る理由なんて、ひと欠片も見当たらない。
「橘……抱きしめても、いい?」
それだって、断る理由は皆無だ。
手すりに手をかけ、俺の方から先に一段降りた。姫宮も一つ上がり、これで俺たちの差は一段だけだ。
姫宮と、目線の高さが同じになる。手を上げて、すっと背の高さを手で測ってみた。
「……小学生の頃と、一緒だな?」
「君の方が2mm、高かったんじゃなかったっけ」
「はは、たった2mmだろ?」
「さっきは誤差じゃないと怒ってたくせに」
「それはそれ、これはこれだろ」
先に腕を伸ばしたのは、どちらだったのか。
背中に回ってきた腕。俺も、姫宮の背に腕を回して肩にしがみつき、すうっと息を吸う。
──ああ、姫宮の匂いがする。
ぎゅうっと力をこめると、同じくらいの、いやそれ以上の力で抱き返された。
姫宮が、俺の肩口でふう……と息を吐き出した。
「緊張、した……」
うん。知ってた。おまえの手、震えてたんだもん。
「……αでも、緊張すんだなァ」
「だからそれは偏見だよ。君の前だといつも、緊張してしまうんだ……」
そのあまりにもあたたかすぎる抱擁に、治まっていたと思っていた涙がまた溢れてくる。
ずずっと強めに鼻水を啜っても効果はなかった。昨日は風間さんのハンカチ、そして今日は顔を埋めた姫宮の肩をずびずびと濡らしてしまう。
「ヒートの時以外で、君が泣くの初めて見たよ」
「……ン」
涙が溢れる目尻の辺りに、ちゅ、と吸い付かれた。
「初めて、知ったな」
「なに、が?」
「君の涙って、甘かったんだね……シロップみたいだ。あの頃の君の涙はすごく、苦かったから」
その一言に、ぶわりとまた溢れてしまった。
「……どうして、泣くの?」
「うぅ、だってさぁ……」
もう無理だ、とまんねえや。
「おれ、おれ、さ」
肩まで震えてきた。もう涙腺が壊れてしまいそうだ。
「ずっと……こわくて、さァ」
「──僕が?」
「ちげぇよ……だっていっつも、よがるのは俺だけで……おまえは後悔とか、義務とか罪、罪悪感とか? そういうのでおれの相手してんだって、思って。つがいもホントは、解消してやりたかったんだけど、おれ、狂うのも死ぬのも、怖くて……」
そうだ、こうして口にして初めて気づけた。
「だから……だからおまえに、運命の番が見つかったらどうしようって、ずっと思ってて。もしも、おまえの前にそういうのが現れたら、おれ、おまえに、す、捨てられちまうんじゃねぇかって……!」
抱え込んでいた想いが溢れる。
そうだ。そうだったんだ。
──俺はずっとずっと、これがこわかったのだ。
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