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第35話

圭に促されるまま時雨は誰もが知る一流ホテルの一室へと来ていた。 たった二人しかいないのに何部屋もある広く豪華絢爛な部屋に居た堪れない思いで、ふかふかのソファへと時雨は腰掛けていた。 「何か飲む?」 「………大丈夫」 冷蔵庫からジュースを取り出して勧めてくる圭に時雨はふるふる首を横へ振って恐縮した。 こんな豪華なホテルに泊まったこともなければ来たこともない。勝手が分からず不安で仕方なかった。 「緊張してる?」 色とりどりのフルーツが盛られた大皿を片手に持って、圭は首を傾げながら時雨の隣へと腰を下ろした。 「だ……、大丈夫」 ぴったりくっ付くように座ってくる圭に対し、少し距離を取るように座り直した時雨は落ち着かないように身体を強張らせていた。 「落ち着かない?このソファ嫌?」 おかしいなと、困惑するかのように圭がボヤくなか、時雨は自分の感覚とこの男との感覚の違いに少し気を落とした。 この高級ホテルでの広く豪華な空間や座っただけで分かる高額なソファに大理石で出来たテーブル。 足元を飾る上品で毛並みの良い絨毯と顔を上げると感嘆する程の窓からの絶景。 目に映り、肌で感じる全てがどれも上等な物ばかりで自分には不釣り合いと感じた。同時に圭には相応しくて、こんな自分が彼にどう接すれば良いのか分からない。 「時雨、いちご好き?」 フォークに赤々とした苺を一粒刺して口元へ運んでくる圭に時雨は首を振って身を引いた。 「じゃあ、りんごは?」 「……いらない」 「オレンジ派?それともキウイやパイナップル?ライチもあるよ?」 何を言っても首を横へ振るだけの時雨へ圭はフルーツを放 りだし抱きついた。 「わぁ!」 突然抱きつかれ、体勢を崩してソファへ倒れ込む時雨へ覆い被さり、圭は柔らかな笑みを浮かべた。 「時雨は難しいな〜。どうしたら笑うの?」 両手で頬を柔らかく包み込んで額と額を合わせられ、圭の琥珀色の瞳が楽しそうに輝いていて、時雨は息を呑んだ。 心臓がドクドクと脈打ち、体温が上昇するのが分かる。 顔を逸らしたいのに手で固定されていて叶わず、時雨はギュッと目を閉じた。

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