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第34話

「時雨!早く俺のこと好きになって‼︎時雨が俺のこと好きになってくれたら番になって、結婚もしてくれるんだろ?」 「……………うん」 確かそんな約束をしたなとうろ覚えの記憶を頼りながら時雨は頷いた。 「よしっ!頑張るから!時雨に好きになってもらえるように頑張るから早く俺のこと好きになってね」 嬉しそうに笑って抱きしめてくる圭に時雨の心臓が大きく乱れた。 「………」 ムズムズするような気恥ずかしい感覚はとても不慣れで戸惑いの気持ちが生まれた。 人に好意を向けられることはあってもそれをここまでダイレクトに伝えられたことはなく、対応に困る。 親にすら捨てられた自分なのだ。 愛だの恋だの不確かなものがとても怖くて仕方がない時雨は思い詰めた面持ちで圭の胸を両手で押した。 「ごめん……。本当に疲れたから…」 帰る。と、続けるはずが、圭に腕を掴まれ、すぐ側の道路の脇に止まる黒塗りの高級車の後部座席へと押し込められた。 「俺のオススメのホテルへ行こう!スイート取るからまったり過ごそう」 圭は軽口を叩きながら車へ乗ってくると、時雨の左手へ自分の右手を絡ませるように繋ぎ、グッと自身へ引き寄せ、時雨の頭を己の肩口へともたれさせた。 「甘えていいんだよ。俺は時雨のものなんだから」 優しく柔らかな口調で言われ、時雨はどう反応を返すのが正解なのか分からず、硬直した。 預けた頭も握られた手も振り解くべきなのか握りしめるべきなのか分からない。 困惑し、とりあえず頭を上げたとき、圭の左手に力が込められ、時雨は揺れる小豆色の瞳を向けた。 そこには琥珀色の瞳が優しく輝き、自分を見下ろしていて時雨は頬を赤く染め、視線を外した。 「照れてる時雨も可愛いよ」 どこまでも甘い言葉を囁き続ける圭に時雨はぐっと奥歯を噛み締めて、俯きながらこの場をやり過ごした。

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