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16 野球とバスケ ▶月森side

「じゃあ、そこで手広げてディフェンスだ」 「は、はいっ」 「ファウルしてでも死ぬ気で阻止しろ」 「え……ファウルはダメですよね?」  思わず出た俺の口答えに、先輩は「っるっせぇ」と顔をしかめた。 「いいからお前は、ファウルとか気にしねぇで死ぬ気で阻止すりゃいいんだよ。わかったか?」 「は、はいっ」  まだ基礎練しかしていない俺が先輩のディフェンスをっ!  もうなにがなんだかわからないまま、とにかく必死でゴールを守った。  先輩は、最初は俺の動きを見るように、そしてだんだんスピードを上げていく。ファウルをしながらもなんとか喰らいつく俺に「……へぇ」と先輩の口角が片方だけ上がった。 「ま、準備運動はこれくらいだ」 「えっ、今の準備運動っ?!」 「こっから本気でいくぞ、時代錯誤」 「……っ」  それ名前じゃないですーー!!  先輩の動きが急に速くなって、一気に俺のファウルの回数が増える。  でもファウルでもしなきゃ無理だよこんなのっ! 「それファウルだっつってんだろ!」 「は、はいっ」 「もっと腰落とせ!」 「はいっ」 「おい! またファウル!」 「す、すみませんっ!」 「ボール奪ってみろって!」 「っむ、無理ですっ」 「じゃあ野球に戻れ!」 「嫌ですっ! ……えっ? あ……」  一瞬の気の緩みであっという間に抜かれた瞬間、シュートの決まる音。  なんか野球って聞こえた気がしたけど……まさか気のせいだよね。  でも、何度もファウルしちゃったけど、何度も注意されたけど、結構長くゴールを守れた気がするっ。 「お前、なんでバスケ入った?」 「えっ」  中村先輩のシュート姿に惚れちゃったので! とは言えなくて口をつぐむ。 「すげぇバッターで有名らしいじゃん。野球部からも声かけられてんじゃねぇの?」  やっぱり聞き間違いじゃなかった! 中村先輩が俺のことを知ってた! 名前だけじゃなく野球のことまで!  まじかっ。やばいっ。超嬉しいっ。やばいっ! 「おい、聞いてんのかよ」 「は、き、聞いてますっ……ません!」 「あ? どっちだよ」 「バ、バッターで有名ってとこは聞こえました! でも、ゆ、有名までじゃないです全然っ」 「俺でも知ってんだから有名だろ。もったいねぇな。なんでバスケなんだよ」 「俺はバスケがしたいんです!」  中村先輩みたいになりたいんです! ……って言いたい!! 「ふん。バカだな」 「え」  先輩がTシャツの胸元をつかみ上げて顔の汗を拭いながら、「野球行っときゃいいのに」と吐き出した。  ……ああ、俺はきっと才能がないんだ。今ので先輩に見限られたんだと悟る。  俺は、しばらく再起不能になった。           ◇    「月森ー。秋人が来てるぞ?」 「……は、誰それ」 「秋人だよ、秋人のそっくりさん」 「そっく…………そっくりさんっ?!」  ガタンと椅子を鳴らし立ち上がって思わず叫んだ。  教室の入口に視線を向けると、先輩がこっちを見て睨んでる。  なっ! なんで中村先輩がっ!  なんで一年の教室にっ?! 「おい、時代錯誤」 「は、はひっ!」 「ちょっと来い」 「ひぁいっ!」  また緊張でうまく歩けない。いや緊張だけじゃない。俺はあれから三日も部活をサボってる。  何を言われるんだろう。どうしよう、リンチかもしれないっ!  なんとか先輩の所までたどり着くと「お前亀なのか?」とさらに睨まれた。   「に、人間である、と思われる、です!」    緊張でわけのわからないことを口走って、後ろでみんなが爆笑した。  ぐあーっ! 恥ずかしすぎるっ!  でも、先輩は少しも笑ってない。それどころかめちゃくちゃ怒ってる。   「お前、バスケ辞めんの?」 「…………」 「おい?」 「…………」    だって先輩に見限られたら、続ける意味がない。   「また朝練来ると思って待ってたのに来ねぇしよ」 「…………え?」 「朝練どころか部活にも来ねぇじゃん。なんなのお前」 「な……んて……言いました、か?」 「はぁ?」 「今……俺を待ってたって……言いました?」 「それがなんだよ」 「……っ!」    え、なんで? なんで先輩が俺を待つの?  野球に行けって言ったのは先輩なのに、どういうこと?!   「辞めんのバスケ」 「や、だって……野球に行けって言われたから……」 「は? 誰に?」 「え……先輩に……」 「誰だよ、先輩って」 「え……」 「誰?」 「な、中村先輩、です、けど」 「はぁ? 言ってねぇよそんなこと」 「い、言いましたよ! 野球行っときゃいいのにって! バカだなって!」    先輩がポカンとした顔をして「ああ、それは言ったけど」と、こともなげに言う。   「な、なんなんですか……俺のことからかってるんですか……?」 「全然?」 「じゃあ、なんなんですか……」 「俺はただ、野球続けりゃすげぇ選手になるだろうなって思っただけだ」  褒められてるのに……全然嬉しくない。 「……どうせ……俺はバスケの才能なんかないですよ……」 「は? 誰がそんなこと言ったよ」 「だから中村先輩です!」 「言ってねぇっつの。お前はバスケでもきっと最高の選手になるよ」 「……っ、え」 「でもプロって考えたら、長くやってる野球のほうが可能性あるだろ。だからバカだなっつったんだ」 「え……いや、……え?」    プロって……え?  話がぶっ飛びすぎて意味がわからない。  今のはまるで、俺が野球を続ければプロになれるって言ってるみたいに聞こえる。   「お前の動体視力半端じゃねぇよ。野球続けたらすげぇ奴になると思うぜ?」 「……いや、ないですよ。買い被りすぎです」 「まだ野球部から声かかってんだろ?」 「か……かかって……ますけど、そんなんでもないです……」 「ふぅん。で、バスケ辞めんの?」 「や、辞めません!」 「ふん。じゃあ今日はちゃんと来いよ」 「は、はい!」 「それから朝もな。しごいてやるから覚悟しとけ」  先輩が口角を片方だけ上げ、背中を向けて去っていく。  俺は先輩に見限られてなかった。認められたんだ。  憧れて入部しても近寄ることもできなかった中村先輩に……まさかのしごかれ? マンツーマン? 毎日?! 「や…………やったーーーーっっ!!」  思わず拳を上げて大声で叫ぶ。  廊下の先で中村先輩が振り返り、クッと笑ったのが見えた。  

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